la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
不確かな僕らの未来/禁煙宣言(全文)
「世界は目を通して我々のなかに入ってくる。だが、それが口まで降りてこなければ、世界を理解したことにはならない。」
(『ムーン・パレス』ポール・オースター)


ようやく禁煙についての御託。

最初「僕らの不確かな未来」と書いてみて、「僕らの」と「不確かな」を入れ替えてみて、「不確かな」という形容が「僕ら」に係るのか「未来」に係るのかが解らなくなって何だか罠に掛かったような気分だ。
不確かなのは、果たして未来だろうか。
それとも、自分自身だろうか。

そもそも煙草を吸うことは私にとって、押しつけられる自己のイメージへの反逆だった。
今でも、私が喫煙者だと知った人の驚く顔を見るのは好きだ。
けれど、それが自分にとって現実逃避になり憂さ晴らしになり、あげく単なる中毒でしかなくなっていることに気づいてしまった昨今、そんなものには100パーセント負の価値しかないじゃないかと、ようやく理解した。
もし私の性質が幾らかでも、「男性的」であったなら、私はきっとフェミニズムという思想にうまく共鳴できただろう。けれど、本質的に臆病で無口で内向的な私(ここは笑うところではない)は、「(通俗的な意味での)女性性」を排除する傾向のある「フェミニズム」には受け入れられないらしい。フェミニストたちのコミュニティには、マニキュアを塗って香水をつける女(思い出すのは連合赤軍の  だ)はもとより、炊事洗濯が大好きな地味な女の居場所もない(そこでは既に、家事好きな男性は歓迎されて家事好きな女性は歓迎されない、という、単に男女が入れ替わっただけの見慣れた差別構造が作られてしまっている。つまりフェミニズムが性別主義からの解放に至ることは決してない)。かつてインテリフェミニストだった母を失望させていると思い込むあまり「女の子らしさ」を罪だと考え、精いっぱい「男の子らしく」振舞おうとしてあちこちに齟齬を来していた幼少期の持ち主としては(ここは笑うところ)、同じ轍は二度と踏むまい、と思うのも当然で。

でもそろそろ、自分のありかたと、和解しても良い頃だと思う。

自分のありかた。それは「今のままの私でいい」というような安直な自己肯定ではなく、私はどうあるべきか、どうありたいのか、という、明確な「理想」のことだ。

私は無力な人間であり続けるつもりはないし、私の無力さを意地悪く喜ぶ人とは永遠に相容れないだろうと思う。けれど、格好良く言うならば、もはや私に「煙草」という小道具は必要ない。私は私で、私として、煙草を吸う代わりに明確な言葉を以って世界を語ろうと思う。

とりあえず、今は社会的禁煙中(つまり中毒は治らず、禁煙宣言の主旨に背かないのをいいことに、私は部屋で一人でいる時にだけまだ煙草を吸っている)。

追記、三月の酒代は相変わらずピッタリ1万5千円で、でも家族4人で飲んだハーフボトルのビルカール・サルモン(ロゼ)が高かったせいだからまあいいや。なんて、またまた御託を並べておしまい。
スポンサーサイト
Comment
≪この記事へのコメント≫
禁煙とは何故するのか?自己のため?社会的に・・・まあ、人それぞれあるけれど一番大事なのは己がどれだけヤニが必要か不必要か!ただそれだけである。
2008/04/26(土) 00:47:32 | URL | 秘彼留 #-[ 編集]
秘彼留さん、コメントありがとうございます!
一瞬いかがわしいコメントかと思って削除しかかりました(笑)スミマセン。
とにかく、禁煙ひとつにもぐだぐだ理屈をこねなきゃならない因果な性格なんです…。ほんと、スパッとやめられたら良いのに。
今後も努力します…。
2008/04/30(水) 19:41:09 | URL | サト #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
Trackback
この記事のトラックバックURL
≪この記事へのトラックバック≫
Designed by aykm.