la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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「いまのわたしを傷つけられるのは他人だけだ。」
(『ミスフォーチュン』ウェズリー・ステイス)


ミスフォーチュン。
Misfortune=不運、不幸。
Miss fortune=幸運の娘。

これは、ゴミ捨て場で拾われた一人の赤ん坊の物語だ。「ディケンズ風サーガ」と銘打たれていても私はディケンズは『クリスマスキャロル』しか知らないので、とりあえず「シェイクスピアをさえ思わせる」という評にだけ頷いておこう。

その赤ん坊を拾ったのは名門貴族ラヴオール家の当主。亡き妹の生まれ変わりと信じてローズと名づけ、自らの嫡子=次代のレディ・ラヴオールとして大切に育てる。「幸運の娘」として何不自由なく暮らし、やがてラヴオール家の家督を継ぐはずのローズだったが…。
ローズの三つの秘密のうち二つまでは、ローズが知るよりも先に物語の最初で読者に知らされている。だが、幼いローズはそれを知る由もなく。

成長するにつれて深まるローズの戸惑いと疑念、そして残酷な真実の暴露。
「幸運の娘」の人生は一夜にして暗転する。
そこで経験される狂気と紙一重の苦悩と絶望は、あまりにも痛々しい。ローズ・ラヴオールが立ち向かわざるを得なかったのは、失われたアイデンティティを取り戻すための戦いではなく(ローズがそれを始めるのはずっと後になってからのことだ)、既に確立していたアイデンティティを殺すための戦いだったのだ。

だが幸い、この物語にはあらかじめ幸福な結末が約束されている。
物語そのものが、年老いたローズの回想として語られているからだ。
一人称で綴られたその長い物語の終盤、文中に突然「おまえ」という単語が混じる。読者はそこで初めて、物語には語り手であるローズの他に「聞き手」が存在していたことを知る(それが誰かはここには書かない)。

巧妙なプロットに脱帽。悪役の意地悪っぷりはどこまでも最低。敢えて欠点を挙げるとすれば、十九世紀の英国という時代の匂いがあまり感じられないことだろうか(もしかするとこれは訳文のせいかもしれない)。そういう点で言えば、アンソニー・ホプキンス主演で映画化されたカズオ・イシグロ『日の名残り』に軍配。

とはいえ、この『ミスフォーチュン』、映画化を期待しているのはきっと私だけではないだろう。
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