la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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エキサイティング☆ブレインウェイヴ
「ボルドーといえども不滅ではないのです。」
(麻井宇介『ワインづくりの思想』より、アンドレ・リュルトンの言葉)


銘醸地神話を超えて、という副題を持つこの本は、私にとって久しぶりに出会う「エキサイティング」な本だった。

エキサイティング?
そう、本なんて所詮、紙とインクの堆積でしかない。けれど私にとって、テーマパークのアトラクションのごとき受動的なイベントよりも(赤ん坊の頭上でくるくるしてるモビールと変わんないじゃないか。目を覚ませ、「夢と魔法の国」とやらで我々は露骨に馬鹿扱いされているのだ)、一冊の本の方がずっとエキサイティングだ。

…何て安上がりな。

もとい。
日本という新興産地でどうワインを造るのか。ボルドーやブルゴーニュといった「銘醸地」でしか素晴らしいワインは造れない、という「神話」から、どう脱却するのか。土壌や気候、ブドウ品種の選別、様々な難題にぶつかりながら、そうまでして日本でワインを造る意味とは何なのか。

語られるエピソードのほとんどは海外のワイン産地での見聞だけれど、著者の意識は常に日本にある。何かにつけて「日本」にこだわるプチ・ナショナリズム的な言動に否定的な私にも、「新興産地でのワイン造り」として普遍的に語られるその言葉は、苦もなく躊躇もなく飲み込める。

この人は思想を、小説のような言葉で描くのだ。


理知的で純粋な精神の持ち主。
著者が訪れたワイン産地の数々の描写は、驚きと発見に満ちてキラキラしている。ボルドーのジロンド河畔、ドイツのモーゼル、ニュージーランドのマールボロ、そしてアルゼンチン・・・。

おまけに、経験豊かでとても博識。
ワインの関連図書ならどれだけ引用されていても怯まないけど、和辻哲郎の引用に出くわした時は思わず身震いした。『風土』、欲しい欲しいと思いながら数年が経過、まだ買ってない本だ。

読み終えてから、著者が既に故人だと知って、何とも言えない残念さが込み上げる。この本を書いたのは晩年のことだったのだ。それにしてもこの本から溢れてくる純粋さとひたむきさは、理想に燃える若き醸造家のようだ・・・。

「銘醸地」という概念は神話に過ぎない。
冒頭のアンドレ・リュルトンの言葉は、まさにそのことを象徴している。
後発のワイン産地から素晴らしいワインが次々と生まれている現在の状況を見れば、そして素直にその事実を認めさえすれば、やや「銘醸地」かぶれの私にも充分に頷ける言葉だ。そして、もう一歩踏み込んで「後発の産地から素晴らしいワインが生まれているという事実は、つまり何を意味するのか」と問われたとき、脳裏を掠めるのは「マールボロにおけるソーヴィニヨン・ブラン」という一言。

伝統的な産地の個性とは違う、という理由で、新興産地のワインをそれより劣ったものと見なしていいのか(そんなわけがない)。産地におけるブドウ品種の個性は、「最上のものとそれ以外のもの」という枠組みで語られるべきものではなく、新たな産地の誕生によってどこまでも多様化してゆくものなのだ。

そして、いつか・・・。
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