la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
あまりにも魅惑的な深淵
「俺は 人の良いとこしか見ない/だから 誰でも好きになれる」
(『少年は荒野をめざす』吉野朔美)


悲しみの果てには絶望がある。
絶望とは恒久的なあきらめだ。
闘争と蹉跌と喪失の記憶が氷山のように背後にそびえ、その沈黙を外界から守っている。

だからこそ絶望は、夜明けの湖のように静かで深い。磨きたての鏡のようになめらかで、それでいて何も映さない。

前方には何も見えない、いや、can't see anything ではなく、can see nothing だ。どうやらそこには、虚無と呼ばれるものがあるらしい。

…もとい。絶望の海を心地好く漂っているうちに、私は知らず、虚無主義という岸辺に打ち寄せられていたらしい。一歩間違うと悪魔みたいな冷笑主義=シニシズムとぺったり張り付いてはがれなくなる、あの厄介な虚無主義に。

Hello, Mr.Zero!
まるで、偶然パパと再会したみなし児みたいな気持ち。
懐かしく慕わしい、「安全」の匂い。
(思想としての「虚無主義」には大して共感しないはずなのだけど、いつの間にこんな近くにいたのだろう?)

そう、趣味と嗜好の話をするなら、私は虚無が嫌いではない。きっぱりと高潔で偽りのないもの。それが虚無だ。

別役実の童話『なにもないねこ』の話を人から聞いた時、私はそのねこの「なにもなさ」の悲しみが理解できなかった。もちろん今も理解できない。自分で読んだわけではないので、いつか読まなきゃな、とは思うのだけど。

追記じゃなくて本題?
引用したのは吉野朔美の漫画『少年は荒野をめざす』から、告白されると嬉しくて誰にでも「うん」と言ってしまう少年・陸の独白。そんな陸に、主人公の少女・都はこう叫ぶ。

「誰のことも好きじゃないくせに!!」

結局、陸は「嫌うほど他人に興味を持ってない」のだ(作中の登場人物=日夏の台詞)。たぶんこの漫画は大学時代に初めて読んだのだけど(発表されたのはもっとずっと昔)、今も書かれた言葉のひとつひとつが私の胸を刺す。

「漫画は本じゃない。漫画を読むことは読書じゃない」というのは私の
基本姿勢だけど、敢えてこの記事のカテゴリは「その他」から「文学」に変更しておく。

漫画も決して嫌いじゃないけど、これまでに買って捨てなかった漫画はこの『少年は~』と、鈴木志保の『船を建てる』(でもこれももういらないかな)、サラ・イイネスの『大阪豆ゴハン』(お風呂で読む用)だけ。

あと以前から男性諸氏にお勧めしてるのが幸村誠の『プラネテス』。カッコいいです(別に読者の性別を選ぶ漫画じゃないけど、私の周囲の女友達には「こういうの好きそう」な人がいない)。

久々のインターネットカフェでつい長居をしてます。そろそろ帰ろうかな(早起きっていいね)。
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