la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
ウンベルト・エーコにうってつけの日
この世には、世界規模の陰謀を企む秘密結社など存在しない。存在するのはただ、世界規模の陰謀を企む秘密結社があるという噂を流している秘密結社だけだ。」
(かなりうろ覚え。出典不明。お心当たりの方ぜひご教示ください)


五月。
陽光きらめき新緑が濃さを増し青空にツバメが舞い飛ぶ、否応なしに胸の鼓動が高まる季節。
今年はまだ一度もカヤックを出していないので(一応、記事にしてないだけで去年はけっこう漕いだのだけど)、念願というか既に悲願の川下りを決行すべく、四月のうちから計画を立てていた。
ゴールデンウィークは仕事に忙殺されることが解っていたので、世間の連休が終わる頃に連休をもらって、いそいそお弁当の献立まで考えて(川下りしながらカヤックの上でお弁当を食べるって、想像するだけで幸せ)。

けど一週間前に「週間天気予報」を見ると、どうも私的連休の初日は雨っぽかった。
まあ二日あればどっちかは大丈夫、と自分に言い聞かせてはいたけれど、結局、私的連休の前日からけっこうな雨が続き、下る予定だった川はけっこうな濁りっぷり、さらに連休二日目も地味に雨が降り続けるという残念な結果になった。

その連休の直前にY市の図書館で借りたのが『フーコーの振り子』。文春文庫版で上下巻。
テンプル騎士団。薔薇十字。フリーメイソン。秘密結社。陰謀。失踪。暗号。殺人。
ああ、これはウンベルト・エーコの呪いに違いない。こんな本を借りたから雨になったんだ(エーコは去年死んだばかりだから、まだ成仏し切れずにその辺うろうろしてても不思議じゃない)。
借りたからには遊んでないで最後まで読め、という、これはエーコの呪いなのだ。
と、死者(それも世紀の大作家)に責任転嫁してみる。

でも雨の降り続く休日というのは確かに読書にうってつけで、降り込められて否応なしに読み続けるのがエーコ、というのもまたしっくりくる。

読んでるうちに眠り込んでしまって、びくっとなって目を覚ましたり。
そうしながらも読み進んで、連休(くどいようですがGW終わってからの私的二連休)明けていきなり空は快晴だったり。
それでも何故か、『フーコーの振り子』は上巻の半分をやっと過ぎたところだったり。

うーん、面白いのか、面白くないのか。
時制がやたらあちこち飛ぶのと、説明がまわりくどいのと。
のったらのったらのったらのったら、という感じで続いてゆくのは距離や時代を経て微妙に混じり合ったり分化したりする宗教や儀式の説明で、読んでいるうちに根源をたどっているのか行く末を追っているのか解らなくなる。

というか、既に読んだことあるような気すらする。
いや、たぶん、これ昔、読んだことある。
か、途中で挫折したことがあるのかも。

でもまあ、かほど綺麗さっぱり忘れ去っていることがエーコに知れたら本格的に祟られかねないので、あらためて最後まで読むべし、と思う。

もし次の休日がものすごくいいお天気で、絶好のカヤック日和だったとして、そのとき私が「でも『フーコーの振り子』まだ読み終わってないし、続きが気になるから今日は読書デーにする」とか何とか言い出したら、それこそ本当の「エーコの呪い」だろう。

※『フーコーの振り子』の冒頭に引用されているのは「迷信は不幸をもたらす」という言葉。異存はまったくないけれど、この引用がこの本を読むのに熱中できない一因でもある。『薔薇の名前』を読んだとき以上に、「そんなオチかい!」となりそうな予感がものすごくする。幽霊譚の妄想オチ系(ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』、シャーリィ・ジャクスンの『たたり』。この二作品について「幽霊説」と「妄想説」のどちらを取りますか? 私はどちらも、読み始めて比較的すぐ「妄想説」を取りましたが…この二作品はむしろ「妄想説」のほうが怖さが増すと思いませんか?)。

ああ、そろそろ「どくしょきろく」を真面目に書かないと、また読んだ本を全忘れしそう。
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