la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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永遠に終わらない宿題
「お母さんにはお母さんの問題があるッ!」
(某“お母さん”の言葉)


そう言えば今日は夏休み最後の日だった、と思い当たったのは、宿題の終わらない子供が母親に叱られていたから。

お母さんにはお母さんの問題がある。
つまり、宿題はお母さんのではなく子供自身の問題なのだから、自分で責任を持ちなさい、という意味の叱責だ。

うーん、まさにその通り。
私も、夏休みの宿題は貯め込んでギリギリにやる方だったなあ。
読書感想文とか漢字ドリルとかは、好きだったからさっさと片付けたけど、そういうやり方だと余計に、嫌いなものばかり後に残るんだ。
特に計算ドリルと自由研究ね。

自由研究なんて、私が小学生だった当時は理系に限らず何やってもOKだったから、キットで売ってる縫いぐるみを縫ってその作り方を模造紙に丸写しして、工程ごとの写真を貼りつけたりとか(何の“研究”でもない)、近所の野良猫を観察して勝手に巡回ルートの地図を作って(ほぼ空想)、「野良猫の生態研究」なんてタイトルをつけたりとか(呆れたことにこれは中学時代)。ちなみに猫のやつは文化祭で展示された(理科教師がネタ的に採用しただけ。まだ洒落が通用する時代だったのだな、としみじみ思うけど、ヨットの帆と風向の関係を模型と扇風機を使って分析したクラスメイトの立派な作品と並べるのはやめてほしかった)。

ともあれ、夏休みの宿題って、子供にとっては人生を左右するくらいの大問題なんだ。
でも、大人にとってはそうじゃない。
だって大人はもう、夏休みの宿題が終わらない問題なんて、自分が子供の頃に乗り越えてきてるから。
そして、大人はもう、大人なりに別の問題を抱えているから。

いつの時代も、誰かには誰かの問題がある。
子供だって、大人だって。
みみずだって、おけらだって。
あめんぼだって。
みんなみんな生きているんだ。

友達なんだ、と言われると、それはちょっと違うような気がするけど。

つまり、生きとし生けるものにはすべて、それぞれの宿題があるということ。
私には私の。
誰にでも誰かの。
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