la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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永遠に追いつかないどくしょきろく
「影を追いかければ、時は老いをいそぐ」
(ソクラテス以前の哲学者による断章、伝クリティアス/アントニオ・タブッキ『時は老いをいそぐ』より孫引き)


どくしょきろくです。
でも読んだ時期とは1~2ヶ月くらいのタイムラグがあります。
いま読んでるのはドストエフスキーの、唯一未読の長編『未成年』と、引用したタブッキの『時は老いをいそぐ』。
他にもけっこうたくさん読んでるのだけど(カール・セーガンの『科学と悪霊を語る』がすごく面白かった!)、記録が追いつかず。
とりあえず、少し前に読んだ本たちの感想(あんまり気合は入ってない)。

『卵一個ぶんのお祝い。』(川上弘美、70点)
幸せに脱力できるエッセイ。上手に焼けたスクランブルエッグの感じ。たまに、そのスクランブルエッグの中に「え?」と思うような具が入っていたりする感じ(たんぽぽとか)。小説よりエッセイが好きな作家。好きな小説もあるけど。

『アイロンと朝の詩人』(堀江敏幸、80点)
この人の文章はいつ読んでも面白い。使われている言葉のひとつひとつが、とても丁寧に、大切に選ばれていることが解る。言葉だけじゃなく、世界に対しても、この人は同じ姿勢で接しているのだと解る。「いつまでもずっと読んでいたい」と思う小説やエッセイがたまにあるけれど、この人の文章はほとんど全部、いつまでもずっと読んでいたい、と思う。

『冬虫夏草』(梨木香歩、85点)
大好きな『家守綺譚』の続編。前作に引き続き、語り口の魅力的なこと。気づかないうちに異界に引き込まれて、もう戻りたくなくなってしまう。これも「いつまでもずっと読んでいたい」文章。実を言うと、その印象は翻訳家の書いた文章に限られるんじゃないかと思っている。梨木香歩は翻訳家ではないけれど英語が普通にできるはずで(翻訳の仕事もしてるかも?)、「外国語を習得するということ」に伴う意識的な翻訳作業が、自国語に対する態度にも影響するのだろう。言葉を「選ぶ」という作業をちゃんと経て文章を綴る、というのは、実はとても大切なことだと思う。短歌や俳句をつくる人の文章が魅力的なのも、きっと同じ原理。意味を伝えるためだけにすらすらと作られた文章はそこいらの安ワインみたいで、味も香りも解りやすいんだけどペラペラで余韻がない。キャラクターやプロットがどれだけ魅力的でも、平板で退屈だ(それで言葉に対する無自覚さを誤魔化すようにどんどん「センセーショナル」とか「ショッキング」とかの度合いを増していく)。梨木香歩の文章はその対極で、口当たりは優しく静謐でありながら奥深さを秘めていて、飲み込んだあとに心地よい余韻がずうっと残る、たとえばヴァン・ナチュール(自然派ワイン)のようだ。

『彷徨う日々』(スティーヴ・エリクソン、80点)
だいぶん「エリクソン節」に慣れて、楽しめるようになってきた。エリクソンの描く世界には終末的な空気が色濃く滲んでいるのだけど、J.G.バラードみたいな「救いのなさ」が感じられず、湿度が低いのがいい。人々はひたすら夢遊病者みたいに彷徨うのだけど、その彷徨に人を駆り立てるものが「愛」だという、これまた何のためらいもない直球。そのくせその愛はまったく幸福と別次元にあって、ただただ強烈で盲目的なエネルギーなのだ。「そうなの? 愛って幸福とは別次元なの?」と、ちょっと不満を感じたりもしなくはないけど、でも面白かった。

『シャンボールの階段』(パスカル・キニャール、75点)
読んで良かったと思うし読んでいる間はかなり充実した気持ちだった。読んだ直後は85点をつけたはずなのだけど、どうにも内容が思い出せなくなっていて、それでも決してつまらなかったわけではなく、とくだくだしいことを書くのはこのくらいにして、いつかまた再読するかも。しないかも。

『マジック・フォー・ビギナーズ』(挫折、70点)
面白い。面白いから先を読む。読むと悪夢を見る。それでも面白いから先を読む。読むとますます悪夢を見る。なので、もっと読みたいけどもう読まないことにした。好きなんだ、好きなんだよこういうの。どこかが決定的に狂っていて、でもその狂いがあまりにも素早くかつ密やかに起こるために、登場人物たちは永遠にそれに気づかない、というような、手触りの不確かな物語。それでいて、私にとってはどんなサイコよりどんなスプラッタより、こっちのほうが怖い。このタイトル、『ナイトメア・フォー・エキスパート』とかにしといて欲しかった(そしたら手に取らずに済んだ、って私は表題作までたどり着けなかったんだっけ)。でもまあ、この悪夢度の高さに敬意を表して、70点。

『わたしのベトナム料理』(有元葉子、75点)
ベトナム料理熱、冷めやらず。ナンプラーを買って、持て余すかと思いきやあっという間に使い切った。今のお気に入りは、胡瓜メインで冷蔵庫の野菜と庭のハーブ(フェンネルとミント)を、ナンプラーと酢とサラダ油と鷹の爪のドレッシングで和えて砕いた揚げピーナッツを散らすサラダ。食欲がない時でもこれだけは幾らでも食べられる。
ああ、ソムタムが食べたいな。ソムタムはベトナムじゃなくってタイだけど。どこかで青パパイヤ売ってないかな。

『やがて死すべき愛について』(シリル・コラール、60点)
こんなに「わけのわからない小説」を読んだのは初めてかもしれない。シュールレアリズムとか不条理文学とかのわけのわからなさとは全然違うし、セクシャリティに関する偏見の壁があるわけでもないのだけど、ちょっと書き散らしすぎというか、計算されすぎなのかされなさすぎなのかも解らない、という感じ。ちなみに、読後数週間を経た今、ほとんど内容が思い出せない。ちょっとあの人、たぶんフランス人で支離滅裂な暴走文章を書いた人(アルトーじゃなくってもっと古い人)を思い出したけど、どうしてもその「たぶんフランス人」の名前が思い出せない。フランス人でさえないかもしれない。調べようとしたけど、その「たぶんフランス人」の書いた小説のタイトルも思い出せない。うう、年寄りは物忘れが激しくてダメだ。


『もしもし、運命の人ですか。』『君がいない夜のごはん』(穂村弘、ともに65点)
さいきん穂村弘が好きだ。歌人としても好きなのだけど、エッセイも面白い。というか、近ごろ図書館に行っても小説よりエッセイとか食べ物関連の本ばかり借りる傾向にあって、色んな人のエッセイを手に取る。穂村弘、面白い。この二冊、ちょっとネタがかぶってたりもしたけど、どっちもまあまあ面白かった。

『お父さんと伊藤さん』(中澤日菜子、65点)
普段あんまり読まない系統の小説。本屋でバイト生活をしている「私」が二十歳くらい年上の恋人「伊藤さん」(この人もバイト生活)と同棲しているところに、いきなり「私」の「お父さん」が転がり込んでくる、という、乱暴に括ってしまえば「人情系ドタバタ&ほのぼのコメディ」だ。でもこのタイトルはベストだと思う(改題が奏功してる)。何かの受賞作らしいけど、選評は軒並み「安定感がある」というような凡庸なもので、ことさら新奇な小説ではない。でも、私はこういうのも(意外と)好き。お父さんがホームセンターで大興奮するシーンとか、かなり笑わせてもらった(ちなみに65点て、私基準ではけっこう高得点です)。

追記、恒例の近況報告。

愛車アルトワークスを車検に出して、代車に乗ってます。
その代車というのがまたレトロな車で、スバルの「プレオ」。
窓は「クルクルウィンドウ(要するに、パワーウィンドウじゃなく手動で開閉する窓)」。
おまけに、カセットテープが聴ける(オートリバース機能つき)。
いや、車屋さんの好意で貸してもらってる車なんで、文句を言いたいわけじゃないんです。
外見はレトロ&クラシックでそんなに嫌いなタイプじゃないし、運転してて、けっこう好感が持てる。メカニカルなことはよく解らないけど、私のしたいことはちゃんと理解してくれるし、けっこうアルトワークスと似たタイプの車なんじゃないかと感じる。

でも。
まっすぐ走ろうと思ったら、ステアリングをちょっと右に回しておかないといけないんです。
常に首を傾げながら運転してる感じ。
自分で運転してて、ちょっと酔う。

もっと不安なのは、一週間近く(お盆休みを挟むから)こいつを運転したせいで、愛車が戻ってきたときに違和感を覚えるんじゃないかという可能性。
ああ、二日目にして既に恋しくてたまらない愛車。
カムバック。
いっそ「シェーン」とでも名づけてしまおうか。


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