la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
どうでもいいことの、どうでもよさとどうでもよくなさ
「香水をつけない女性に未来はない」
(ポール・ヴァレリー)


ココ・シャネルの言葉ではなく、ココ・シャネルが愛した詩人ヴァレリーの言葉。
たぶん、ヴァレリー的に突き詰めると、香水をつけない女というのは(自意識過剰の反対で)自意識が極端に足りない、とか無頓着すぎる、とか、もっと言ってしまえば「無精」ということになるんだろう。
でも消臭殺菌大国たる現代日本において、「香水をつけない女性」が無頓着だったり無精だったりするかというと、そんなことは全然ない。
むしろ、強烈な香水の匂いを漂わせて辺りを闊歩する人のほうが、自意識が足りなくて無頓着だ、と思うくらいだ。

その最たるものが、食事の席に強い香水をつけて来る人。香りの強い整髪料とか制汗剤とかも込みなのだけど、「ごはん」を食べるときにシトラスやらローズやら石鹸やらムスクやらの匂いを振り撒くのって、ほとんど嫌がらせだ。
前の職場で、いつも清潔感のあるシャボンの香りのヘアコロンを使っている人がいた。
本当にいい香りで、更衣室で一緒になると嬉しかったりしたのだけど、一度、飲み会のときにその香りが急に鼻について、以来どうしても受け付けなくなってしまった。
それ単体でなら、間違いなく「いい香り」なのだ。でも、清潔感にあふれていようとエキゾチックで魅惑的だろうと瑞々しくフルーティだろうと甘く誘惑的だろうと、つまりそれらはことごとく、「ごはん」とは相容れない香りなのだ。

駅の構内とか雑貨屋さんとかで出くわすのはまだいい。時には、「なんかこの人いい匂いする」と思って、さりげなく後ろを歩きながら嗅いだりもする(うーん、フローラル&フルーティ)。
でもそれがスーパーの食品売り場だと、途端にげんなりしてしまう。

結局、「いい匂い」とは何か、という問いに行きつくのだけれど。
私にとっては草と土の匂いであり、庭で育ってるバジルやらミントやらフェンネルやらの匂いであり、煮込み料理やら焼き魚やらガーリック&オリーブオイルたっぷりのパスタソースやらの匂いだ。美味しいコーヒーや紅茶、時には(甘いもの苦手な私でも)カカオやキャラメルの香りにうっとりしたりもする。

でも結局、人工的な「香水」の香りというのは、決定的に「食欲」と喧嘩する。
それで私はどっちを取るかと言うと、それはもう、言うまでもなく。

そんなこんなで、私に言わせれば、「香水をつけすぎる女性に未来はない」。
ムスクの香りを嗅ぎながら白身魚のカルパッチョを食べるなんて、悪夢です。拷問です。
華やかなバラの香りを身にまとうなら、スーパーの鮮魚売り場に用はないはず。
赤ワインを買いに来るなら、フレッシュなシトラスの香りなんか必要ないはず。

というか、バジルの香りの香水とかって世に出ないのかなあ。
と、庭のバジルをちぎりながら考えてた。
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