la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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幸福の技法
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない」
(日本国憲法第十二条)


憲法第十二条、意外と知られていない事実。

だって、憲法が保障しているものを保持するために不断の努力をしている人って。
普通、身近にいます?
思い浮かぶのは九条を守る会くらいで、家族や友人や職場の人とか見まわしても、そんな人いない(反原発のデモに行くくらいはあるけど、だって「不断の努力」だよ?)。
それ以前に、憲法によって「自由」と「権利」が保障されてると、ちゃんと思えてる人って。
むしろ憲法によって「戦争する自由」と「戦争する権利」が阻害されてると思ってる人のほうが多いのじゃないかと、昨今は思ってしまったりもするわけで。

でもね、国同士のいざこざを腕ずくで解決したいなら、代表者同士が腕相撲かなんかして決めればいいと思うんだ。
国と国とで勝ち負けを決めるのに何十万人とかが死ぬ必要はないし、これ以上、地球環境を汚染する必要もない。

ひとつ、私が改憲に反対するのは、戦争が嫌だから。
ひとつ、何で戦争が嫌かというと、そこには苦痛と狂気しか見えないから。もっとぶっちゃけて言うと、無駄なことが多いから。

無駄な恐怖、無駄な苦痛、無駄な死。

「憲法がこのままでは、やられたらやられっぱなしになってしまう」という理屈に対しては、人間愛&風土愛には満ちているけど愛国心だけ皆無な私はこう指摘する。「死人の量が少なく済むならその方がいい」。
だって、やられてやり返したら、死人の量は倍じゃ利かない。
戦争の特需が欲しいのは解るけど、人を殺すための経済活動ってどうなのかね。
人口抑制とか背筋の冷たいことを言い出す人もいるけれど、賢い気でいるんだろうか(ああいう人たちって、自分や自分の大切な人が死ぬっていうことに対して何の不安も恐怖も感じないのかな。既にそんなもの超越した神様目線で生きてるのかな)。

とりあえず、「不断の努力」ができずにいるへたれな私は、ここで「憲法九条にノーベル平和賞を」という活動の、ネット署名できるページへのリンクを貼っておきます。
とても、とても面白く、有意義で、今まさに必要な活動だと思います。
賛同して頂ける方はこちらから。

※当ブログから賛同された方は、メールにてご一報いただければ幸いです(管理人の自己満足のため)。
ほとんど知り合いだけだと思うのでアドレスは載せません。アドレスご存じない方&匿名ご希望の方は、良ければコメント欄でお知らせください。
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