la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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これらの日々を、確かに、したたかに
「…、こちらが何かすれば、向こうも何かして返してくれる、これでこれからもどうにか生きていかれる。」
(フリーライター森まゆみ氏のブログから)


最近、たまに覗きに行くようになった森まゆみ氏のブログ。
引用した部分は、「地産池消」に始まって「自給自足」を終点とした食文化の文脈で語られている。たぶん。

外でタイスキを食べたら美味しかったけど高かった、という話のあと、材料を買ってきてうちで作ってみた、という話になって、知人の手料理にも触れ、「この方がずっと嬉しい」と。

それから、「地域通貨などとわざわざいわなくても」と、引用部分が続く。

「これでこれからもどうにか生きていかれる」という言葉が、とても、とても、素敵。
そう、そうなんだ。
「どうにか生きてゆける」と実感する/確信するのって、まさに「ごはんを食べる」そのひとときなのだ。

まあ、単に食い意地が張ってるだけかもしれないけど。

高級なものを食べたいわけじゃない。ただ、ちゃんと素性の知れたものを食べたいと思う。
産地偽装なんて当たり前の世の中だから、それだけのことでも難しいのは解ってるし、そこにこだわると「贅沢」と紙一重のとこに行きつくのも解ってる。

でも、生きていく以上、不可欠かつダイレクトに摂取するのが「空気」と「飲食物」なわけで。
それだけのことが最終的には「社会」にかかってるのだ、というのを、このブログは思い知らせてくれる。

うーん、酒飲み&煙草吸いに言う資格はない、かもしれないけど。

森まゆみという人は、wikipediaでは「ノンフィクション作家」とか、「編集者」とか「市民運動家」と説明されている。
私の印象では、「地に足をつけて生きること」を徹底し、そこからの情報発信に尽力し、浮足立ったことや無駄なことをはっきり糾弾し、いちばん重要なのにないがしろにされたり踏みつけにされたりしている事柄を自分の足で確かめ、追及し、はっきりと世間に問い続けている人だ。

福島の原発事故のその後を、自分の五感と足と頭を使って追いかけ、考え、発信し続け、二度目の東京オリンピックについては誘致そのものの云々より関連施設の立地や規模を、その「必要性」を主軸にして、開催後の「未来」を踏まえて現実的に論じることのできる人。

ちょっと感傷的に言えば、誤解されやすく、攻撃されやすい人。
知性も強さも身につけていて、それでも繊細さを失わない人。
苦しみながらも闘い続ける人。
ついでに言えば、匿名で悪意を垂れ流すのが当然の「ネット」という魔界にあっても、その意欲を失わない人(余裕であしらってるように取られかねないリアクションをしてるけど、ぜったい違う)。

過剰な賛辞だろうか?
本人にとってはたぶん。
世間にとってもたぶん。
でも、私にとってはそうじゃない。

この人の文章を読むと、「今・ここ」で生きることの意味とか、「守らなければならないものを守ること」の重要さや大変が、すごくきちんと伝わってくる。

ただ漫然と平穏な日々を過ごせれば良し、というのじゃなく、日常の「大切さ」「貴重さ」プラス「脆さ」を自覚して、ちゃんと生きること、そんで「守るために闘う」こと。

何だか、最近傾倒している作家ル=グインと、共通するものを感じるのは私だけだろうか。
森まゆみとル=グインの対談なんて、読んでみたいな。
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