la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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life is spiral, i know.
「思い通りにならぬ道こそ、歓びの泉へと我らを導く。」
(『ノルドクラートの扉』アレックス・リンドファーン)


念のため。私はそんな能天気な言葉を、字義通りには信じていない。
ただ、思い通りにならない道を、通りたくないがために避けてはいけない、と思う。

道を選ぶ、という局面は、そう毎日あるものではない。
人によっては、年に一度もないかもしれない。
それでも、一生に何度かは、嫌でも決断を迫られることがあるだろう。

その決断はほとんどいつでも、自分でするものだ。
たとえ誰かの意見を受け入れるにしろ、大勢に流されてみるにしろ、「この人の意見に従おう」とか「ここはひとつ、流れに任せてみよう」とかいう決断を、あくまでも「自分で」した上でのこと。抗いきれない圧力に押しつぶされるときを除いては、人はつまり、すべての決断を自分で下すものなのだ。

だから私は、いちど決めたら、その決断を後悔しない。
自分の決断は常に正しいのだ、という意味ではなく、自分の決断に対してちゃんと責任を持ちたい、ということ。「あのときああしていれば」なんていう物思いは、反省という意味ですることはあっても、いつまでもしていたって無駄だ。自分の決断が間違っていて、もしそのせいで誰かを巻き込んで迷惑を掛けたなら、言うべき言葉はひとつだけ。「ごめんなさい」だ。
謝罪して、そのうえで復旧と信頼回復に全力を尽くす。それだけだ。

たとえばビジネスの一般常識として、「一事不再理」というのがある。いったん会議で決定した事柄はもう議論しない、という原則だ。人は何かを決断したあと、大抵「ほんとにあれで良かったんだろうか?」と気持ちが揺らぐ。でも、それをいちいち再議していたのではいつまで経っても何も決まらないし、何も進まない。

「それじゃ、その決定が間違っていたら?」

↓↓続きますもちろん↓↓

確かに、そう問うのが、懐疑的な人々の慣わしだ。

でも、それじゃ、別の道はどんな風だろう?
そっちの道は平穏でなだらかだろうか?
何も努力せず、何も我慢せず、何にも苛立たず、すべてが思い通りの「パラダイス」に続いているのだろうか?
「もしかしたらそうかもしれない、いや、きっとそうに違いない」という確信が、何故だか人の心に巣食ってしまうケースがよくある。でも私にとっては、それが不思議でならない。
目的地=パラダイス、なんて、断崖絶壁からダイヴするときにだけ有効な設定だ。
本当にそれを望むなら、その「解放」をもたらすのは死より他ない…って、いや、そっちに行くと危ない。

人生は一度きり。私もそう思う。でも、人生における失敗って、そんなに恐れるようなものかな、とも思う。
ダメだったら、やり直せばいい。
それくらいの気持ちで、生きていきたい。
注意すべきなのは、やり直せるだけの体力/底力を失わないこと。
それに尽きる。

失敗を恐れないこと。
自分を繕わないこと。
試行錯誤すること。
いつも、相手に対して真摯であること。

そんな姿勢が人を疲れさせることは自覚も覚悟もしてるし、ちょっぴり、というかかなり、申し訳ないと思うこともある。
でも(相手が自分を/自分が相手を)何もかも認めて許す関係なんて、世の中にはほとんど存在しない(良かれ悪しかれ、近親関係で稀にみられる気はする)。
しばしば、それが愛だと信じてそういう努力する人もいるけれど、それは単なる自我の放棄であり、一方的な隷属になる。その努力は必ず、どちらか一方(ほとんどは努力する側)を無言のまま追い詰めるだろう。

愛とか、幸福とかを求めることが間違いだとは言わない(私も、自分がそういうものを必要としていることは認める)。けれど、何が自分にとって真に幸福であるのかを先に決めておかないと、ただ漠然としたパラダイスのイメージを追うのでは、「思い通りにならぬ」道には耐えられない。


長くなったうえに、そもそも書きたかったこと(近江八幡の水郷カヤック)とは全然違う記事になってしまったけど。

最後に、ものすごくどうでもいい話をつけたしておきます。
音楽はほぼクラシックしか聴かない私だけど、最近、the strypesっていうアイルランドのバンドにハマってます。何で知ったかというと、偏愛する日本のバンドlove love straw(再結成したはずだけど、まだ活動してるかどうかよくわからない)のメンバーのブログで紹介されてたから(っていうか、司法試験合格って!! 音楽で食べてく人だと思ってた)。
何でも平均年齢が16歳だとかで、ビートルズの再来みたいなポジションで売られてるのだけど、音はほとんどガレージロック。パワーとスピード感に溢れてて、いっそオヤジくさいくらいの骨太なサウンドなのだ(演奏だけ聴いたら60~70年代の人かな?と思うくらいだけど、それにしては洗練されすぎている)。そんで、何よりリズム感と一体感が半端じゃない。来日してメディアにもけっこう取り上げられてるので、若干ミーハー的興味と思われるかもだけど、ルックス的には私にはあまりに子供すぎて残念。でも、16歳バンドが出す音じゃないよ、これ…。ということで、「見た目と中身のギャップに弱い」私のツボと言えばツボ、なのでした。うー、笑ってやってください。。
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