la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
フォリ・ポルタンファンと私
「素晴らしいものは、誰のものでもないものだ。」
(長田弘「なくてはならないもの」/詩集『世界はうつくしいと』所収)



繰り返しますが、こいつ、重いんです。毎回、背負うたびに重くなっていく気がするんです。
クリストフォルスの伝説じゃあるまいに。

そんで、でかいんです。
毎回、見るたびにでかくなっていく気がするんです。
親戚の子どもじゃあるまいに。

もとい、今日はマイカヤックのアリュート(本名フォリ・ポルタンファン)と、初めてテート・ア・テートの湖上散策をしてきました。

行きも帰りも自力。
組み立ても撤収も自力。

朝起きて、ちょっと体がしんどいかな、と思ったんですが、いま何かを「補給」しないと明日からが「持たない」ような気がして。

そんで、決行です。
船体布とシートを背負って、骨その他はカートで引っ張って駅までの5分をよろばい歩き、バスに乗ります。
乗り口でちょっとつっかえます。
カートを持ち上げると、脚力が足りずステップが上れません。
それでもどうにか乗って、降りて、湖岸までの5分をまたよろばい歩いたら、さぁ、今度は組み立て。

「組み立て」と一口に言っても、照りつける太陽のもと、40分に及ぶ汗だく血まみれ大格闘です(ジョイントにちょっと親指の腹を挟まれただけなのに、血がポタポタ滴ってなかなか止まらなかった)。おまけに最後の最後、スターン(後ろ側)のカバーがやっぱりちゃんと閉まりません。

モンベルの人がセットアップすると惚れ惚れするほど完璧な艇だったのに、私がやるといつもこれ。
しかも指に巻いたミニタオルは鼻血を押さえたティッシュみたいに血だらけだし。

気を取り直し、モンベルの人がやっていたのを思い出しながら、スターンデッキのベルトを力任せに締め込みます。
鳶が頭上で悠然と旋回していて、ぴぃぃぃ、よろろろろぅん。と、呑気に鳴いたりします。
でも今日は私ひとりの時間なので、苛立ちはせずしばし手を休めて、空を飛ぶものの美しさを眺めます。

首筋を伝うのは、幸い血ではなく汗。

ピッタリとまでは行かないながら何とかマジックテープを張り合わせ、仕上げの尻尾カバー(浸水を防ぐために船尾に被せる、小人の帽子みたいなの。どことなく、犬の噛みつき防止の口輪を連想してしまったりもします)を被せると、その鼻面をぽんぽん叩いてやります(フネ的には尻尾ですが)。

さて、水に浮かべて漕ぎ出そう!
と、エアチューブの空気を入れ忘れていることに気がつきます。
蛇腹になった黄色いプラスチックの空気入れ(いつ見ても幼児向けのおかしな楽器みたいです)でアリュートの横腹に空気を入れ、今度こそ。

水辺までの数メートルを、本来の担ぎかた(かっこ良く右肩で担ぐ)が無理なのは解っているので、不恰好なカニ歩きで騙し騙し運びます。砂の上を引きずると船底を痛めるので…。

ああ、厄介な、かくも厄介な代物。
重くてでかくて面倒で疲れる。
何だって私はこんなものを買ったのか、と、自分の酔狂を呪いたくなります。

けれど。
ひとたび湖上に出れば、こいつは一瞬で私を「カヤック担ぎ」の重責から解放し、軽々と私を抱き止め、水に委ねてくれるのです。

パドルの最初のひと漕ぎで、天啓に打たれます。

ああ、私はこんなにも自由なんだ、と。

いっさいを惜しげもなく陸に置いて、アリュートと「漕ぎ出す」瞬間。

戻らなくちゃならないことは解っているし、戻ることを拒否する気もない。でも束の間、紛れもない「逃走」の至福に襲われます。

そしてそのまま、ためらいなく沖へ。

目の前を横切る動力船から、誰かが片手を挙げて合図をくれたりもします。でも、水の上では手を振ることは救助要請にあたるので、適切な応えかたを知らない私はただパドルを置いて波をやり過ごします。

そして今日、初めて、「お気に入りの場所」を見つけました。
意外にも、出艇した地点のすぐ近く(たぶん10メートルくらい)。砂浜ではなく木と葦原とで陸地から隔てられた、格好の「隠れ家」。
アリュートごと木陰に入ってしまえて、去年の初カヤックの時に見つけて勝手に「ロゼッタ」と名付けた水草が浮いていて(冬越しする植物が葉を地面に平たく広げる「ロゼット」という形態に良く似ている。ステンドグラスの図案みたいでとても綺麗)。

木に止まっている鳥が饒舌に囀るのを聴きながら、半ば寝そべるような姿勢で本を読みます。

頭上からすうっと下がってきた尺取り虫を、パドルでそっと受け止めて木の根元の苔の上に下ろしてやったりもします。

若緑の葉。
キラキラする木漏れ日。
静かな水の音。

私をこんなところへ連れて来ることができるなんて。
私にこんな時間を与えてくれるなんて。
アリュート、お前はやっぱり素晴らしいよ!
ま、「水の上」限定だけどね。
そして、アリュートはやっぱり目的ではなく手段なのだということ(幾らアリュートが「私のフネ」で、そのことに子供っぽい喜びを覚えるとしても、やはり私の目的は「琵琶湖」なのだ。「素晴らしいもの」、「誰のものでもないもの」に出会うことが困難になってしまっている昨今、そういう空間へ私を連れて行ってくれる「媒体」として、私は私のアリュートを称賛する)。
追記、今日は一人だったので、時間を気にせず、上陸してからちゃんと船体布を干して草も砂もきれいに払って撤収できました。

丁寧に、時間をかけること。

ヒトであろうとモノであろうと、その本当の価値を見出すためには、愛情と時間の両方が必要なんだな、と思いました。
スポンサーサイト
Comment
≪この記事へのコメント≫
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
Trackback
この記事のトラックバックURL
≪この記事へのトラックバック≫
Designed by aykm.