la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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水と光と空とツバメと/カヤック@海津大崎
「沈したらラッキーだと思って下さい。」
(カヤックツーリング@海津大崎、出発前のガイドさんの言葉)


アリュート380T


昨日モンベル主催のカヤックツーリングに参加して、「念願の初シングル艇セットアップで自由気ままな一人漕ぎを満喫してきた」と、すごく晴れやかに言いたいのだけど。
実際は行程のほとんどが仮借ない強風との闘いで、ひたすら漕いで漕いで、たまに漕ぐのをやめてわざと流されてみたりもして(結構きれいに、すべるように流されるので面白怖かった)、今日は未曽有の筋肉痛に襲われている(どのくらい未曽有かというと、まあ「未曽有」に程度なんかないと思うけど、スープをすくったスプーンが口まで持っていけないのですっぽんよろしく首を伸ばしてスプーンからスープをすすっていたくらい)。

海津大崎は、桜の時期は過ぎてしまったけれど私には案外それはどうでも良くて、心配なのは予想以上の寒さと強風だった。小柄ながら頼もしい相棒アリュートがそんな簡単にひっくり返るようなヤツじゃないとは解っている。それでもやっぱり、ひっくり返ったらどうしよう、という不安はあった。
おまけに一人での乗艇は私だけ(6連勤+飲み会明けなのに同行してくれたUさんは、奇数名での参加だった他のグループの方と一緒に乗るようガイドさんから言われて、こういうイベントで一人で漕ぐのが「イレギュラー」なのだと私は初めて悟った)。たぶん見るからに体力も根性もなさそうな私が心配だったのだろう、ガイドさんからの「厄介事は御免ですよ」「足手まといにならないでくださいよ」的な無言の圧力が辛かった(声と目つきでそんな露骨に侮蔑オーラを発散されちゃ、こっちとしては委縮するかムキになるかしかない。私はまず委縮して、それからムキになった)。

見ず知らずの素人たちの命を最終的に預けられてしまうガイド役としては、強風で多少ピリピリするのも無理はないし、過去にいろいろ面倒なこともあったんだろうし、何より私に「ドジ=厄介事」の気配を感じるのは「ご明察」としか言いようがないのだけど。体力のない初心者が一人で漕ぐのはちょっとしんどいかも、と思うなら、ストレートにそう言ってくれれば素直にタンデムにしたのに…と、ちょっともやもやしてしまった。

もとい、カヌー・カヤック用語で「ひっくり返る」というのは「沈(ちん)する」と言う。
「沈したらラッキーだと思って下さい」。
イベント中、私がいちばん嬉しかったのは、出発前に「侮蔑オーラ」の人とは別のガイドさんが言ったその言葉を聞いた時だ。沈してもパニックにならないこと、パドルを放さないことなどを念押ししてから、「ラッキーだと思って下さい。自分が今いちばん目立ってる、と思って、笑顔で『助けてー』と叫んでください」と、このガイドさんは実に快活に、そう教えてくれた。
ああ、この人は、初心者が巻き起こす厄介事を「迷惑」とは思っていない。誰かがひっくり返ってもちゃんと対処する自信があるだけでなく、そのハプニングを「ちょっとした余興」として快く、笑い話にしてさえくれるのだ。

参加者が安心して楽しむことを一緒に「喜んで」くれるこの人は、両親と参加していた三人兄弟の末娘とタンデムで漕いでいた。たぶん小学校中学年くらいの女の子を前に乗せて、漕ぎ方とか、何に注意したら良いかとかを丁寧に教えながら、時々自分のパドルを置いてその子にすっかり船を任せたりもしていた。
きっとあの子は嬉しく、誇らしかったと思うのだ。新しいことを体験し、新しいことを学ぶ喜びに満ちて、自分の意志で船を操る誇らしさに満ちて。

そしてそれはそのまま、私の体験であり、学びであり、嬉しさであり誇らしさだった。

お昼過ぎに雲が切れて青空の広がる一時があって、風は相変わらず強かったけど私は幸福だった。湖面すれすれに飛び交うツバメの羽が私の耳のすぐ横を掠め、波立つ湖水に委ねられた私のアリュートは心地よい浮遊感に包まれ、湖の身じろぎに同調して見上げる空はくっきりと青かった。青みを帯びた深緑の湖水に両手を浸し、春の陽射しを身体に浴び、目眩を覚えるほどの速さで流れてゆく雲を見上げながら、私はもう、ひっくり返ることを恐れてはいなかった。

自分の幸せを許せるようになろう。
人の幸せをつくれるようになろう。
あらためて、そんな風に思った。

漕ぎ終えて上陸するのは、少し悲しかった。
もっとずっと、アリュートと一緒に揺られていたかった。
だから、名前はつけずに「アリュート」と呼ぶことにしていた私のフネに、やっぱり何か名前をつけようと決めた。
追記、途中で寒がりつつも強がっていた私に「遠慮せず」と貸し出し用のウインドブレーカーを貸してくれたのもこのガイドさん。「ゴアテックス」って素材なのかブランドなのか良く知らないけど、漠然と「アウトドアラー御用達」的な憧れのイメージがあって、嬉しくて着てみた。濃い水色。私のライフジャケットは真っ赤なので、鏡で見たいと思う格好じゃなかったのは確かだけど、でもゴアテックスはやっぱり優れモノだった。


以下は今回のイベントからは少し離れて、一般論として。

人に迷惑をかけまい、という気持ちは、それはそれで良い。でも、そういう気持ちが結果的に「人に迷惑をかけることは許されない」という空気を作ってしまうのは、何だか間違っているのじゃないかと思う。つまり、それは「自分が誰かに迷惑を被ることを全拒否する」ことにつながるからだ。

多少の迷惑くらいおおらかに受け止めて、誰かの力になってあげるというのも、生きる歓びのひとつだ。人と人との「信頼関係」って、「お互いに迷惑をかけない」ということじゃなく、「お互いの迷惑を受け止め合う」ことで成り立ってゆくものじゃないかと、まだ漠然とだけど感じている。

そして、幸せというのは、決して怠惰と結びつくものじゃない。
強風と闘っている間も私は間違いなく幸せだったのだし、その後で筋肉痛になっている今も、間違いなく幸せだ。

ただ今回の痛い教訓は、カヤックはちゃんと拭いて乾かしてから実家に持ち帰るべし、ということ。悪天候とは無関係に、撤収の時間がなくて濡れたまま慌てて畳んだので、実家の両親にものすごく迷惑をかけた。これは許容されるべき「多少の迷惑」とは別次元の、単なる「身勝手な迷惑」で、深く深く反省している。
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