la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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スコルダトゥーラ、慈雨の如く
「一日は敵意に満ちた挑戦。これに挑むには同等の敵意が必要だ。」
(『終焉』ジョン・アップダイク)


それも確かに理解できる。
理解できるし、これまでの私の生き方はまさにそんな風だった。
でも。
たとえ一日が敵意に満ちた挑戦だとしても、私は私の敵意を捨てよう。
敵意に対して同等の敵意でもって挑むのは、もう止そう。

誰だったか昔、紛争地域を取材していたジャーナリストだかカメラマンだかが、「捕まって銃を突きつけられたら、とにかくニコニコする」というような話をしていたことがあった。戦闘で日常的に人を殺している人でも、ニコニコと親しげな素振りを見せている相手を撃ち殺すのは、想像以上に難しいのだそうだ。
もちろん、万全とは言い難い対策だけれど、比喩としては万全な教訓だ。

今日、自分の中に醜い澱のようなものが溜まってゆくのがどうしようもなく苦しくて、「帰ったらミステリー・ソナタを聴こう、いつもより少しボリュームを上げて、ミステリー・ソナタを聴こう」と祈るように考えていた。
本を読むとか、美味しいものを食べるとかではなく、音楽を聴くことでしか浄化されないものがある。いや、「浄化」という作用は、他の何よりもまず「音楽」に強く備わっていると私は思う。

歌詞があるわけでもない音の連なり、色も言葉も感情も持たない「単なる音」の連なりや重なりが、どうしてそんな力を持つのかは解らないけれど。

ミステリー・ソナタ(別名「ロザリオのソナタ」)。
ハインリヒ・イグナーツ・フランツ・フォン・ビーバー、という、私の知っている「長い名前ランキング」第三位に位置する作曲家の作品(第一位はフランスの作家にして貧しい貴族だったヴィリエ・ド・リラダン、洗礼名をぜんぶ並べると物凄い長さになる。第二位はドイツの神学者シュライエルマッハー、卒論を書くとき名前だけで一行半費やしたのを覚えている)。
ミステリー、というのはキリストの15の秘蹟(イエスの生涯における「大事な出来事」的なもの。第一の秘蹟はもちろん受胎告知)のこと。作曲年は不詳、あと、元々の表紙に題が書かれていなかったり本当にビーバーの作なのかどうか異論もあったりと、些か「ミステリー(謎)」を含んだ音楽でもある(その辺りがまた魅力的)。

ところでこのヴァイオリン・ソナタは、楽器の各弦を普通とは違う音程に調弦して演奏される。この変則的チューニングのことを「スコルダトゥーラ」と呼ぶのだそうで、耳慣れない横文字が大好きな私はさっそく何度か唱えて暗記した(思い出すそうとするたびに「バティストゥーダ」という球蹴りの人の名前が先に出て来る)。

しかもこのソナタ、14種類の異なったスコルダトゥーラが用いられているので(リーフレットが英語なので読み間違ってるかもしれないけど多分)、つまり演奏会なんかでやろうとすると単純に言えば14台のヴァイオリンをあらかじめ異なる音程に調弦しておいて一変奏ごとに正しい順番で持ち替えなければならない、という、極めて厄介なことになる。

それにしても頭の中でイメージした音を弾こうとするとき、たとえばピアノで「ラ」を弾こうと思えば誰だって同じ鍵盤を押さえるわけで、スコルダトゥーラだと「ラ」だと思って押さえた鍵盤が別の音を鳴らすのだ。そんな代物どうやって弾くんだ?と思うのだけど、スコルダトゥーラという言葉が存在している以上、他にも同じように変則チューニングで演奏される曲が少なからず存在していて、ピアノとは別次元の弾き方の概念(ヴァイオリニストの秘密の暗号)を習得した人だけに弾きこなせるものなのだろう。

そうして録音されたこの「ミステリー・ソナタ」を、私が今、CDをプレイヤーに載せるというだけの動作で、何の苦もなく聴くことができる。音楽の浄化の作用(それはいつも期待した以上のものを与えてくれる)を、心ゆくまで貪ることができる。
それは、とても幸福なこと。

ヴァイオリンの音色が、すべてを洗い流し、そして潤す。
大地に芽吹きをもたらす慈雨のように。
それに応えるべき息吹は、大丈夫、私の中にちゃんとある。
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