la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
永遠の和平条約
「大きな苦しみを受けた人は、恨むようになるかやさしくなるかのどちらかである。」
(ウィル・デューラント/アルフォンス・デーケン『心を癒す言葉の花束』より孫引き)


ちょっと、引用元の本のタイトルを公表するのが気恥ずかしい。
普段この手の本を忌避しているから余計に。

誰かによって何かの意図で既に選別された言葉の群れと出会うことは、常に危険を孕んでいる。それに、「癒しを求める」というのはひどく自己本位な、対象に奉仕を強要するような響きがあって私は嫌いだ。さらには癒しを求めずにいられないとき安直にこういう本を手に取るのも、「泣ける」ということを本や映画や音楽の評価基準にしてしまうのと同じくらい、明白に間違ったことだと思う。

だから気の進まないままページを繰って(この本が手元にあるのは「成り行き上」だ)、「言葉の花束」とやらが果たしてこのぎすぎすした自分を少しでも和らげるものかどうか、ちょっと意地悪な気持ちで試してみたのだけど。

結構、知っている言葉が多かった。
それでも、忘れていた言葉ばかりだった。

自分がどういう人間なのかを思い出すことは、少し苦しい。
強さを纏わなければ生きていけない時に、自分の弱さを認めるのは。
まして、「弱さを認めることが大切だ」と説かれることは。

それは癒しなんかじゃなかった。
求めていたものでもなかった。
でも、今まさに出会うべき本ではあったのだ。

解決のできないことを、解決のできないままに受け入れること。
あきらめること。
認めること。
赦すこと。
張りつめて震える糸を、そっと断ち切ること。
それで初めて、人はその先へ進めるのだ。

追記。
君のことを書くのはこれが最後。
きっと、絶対に、いつかまた会おうよね。
その時は、何よりも先に、ごめんねって言う。
自分の傲慢さとか、無神経さとか、無力さについて。
赦してもらうためではなくて、自分の弱さや愚かさを今ようやく認められたことを、君に伝えるために。
こんな不甲斐ない私を「親友」と呼んでくれた君に、心から、ありがとう。

憤りや疑いや憎しみは忘れて、やさしくなろう。
今よりもっと、ずっと。

さよなら。
忘れないよ。
そしていつか、君にまた会えるのを楽しみにしてる。
もし私が地獄とか煉獄の門の前でうろうろしてたら、そんなとこで何をぐずぐずしてんの、って笑ってほしい。

そう、君は笑える。
だって君は他の誰よりも、天国にいるべき人だから。
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