la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
自己愛という病の肯定

「すべての出来事には時があり、季節がある。生まれる時、死ぬ時、愛する時、憎む時、抱擁する時、抱擁を避ける時、…」
(旧約聖書『コヘレトの言葉』、もしくはザ・バーズ『TURN,TURN,TURN』より)


自分の葬式の計画をしている。
別に近々死ぬ予定があるわけではないのだけど、もし死んだら、私のお葬式では弔問客の入退場の際にザ・バーズの名曲『TURN,TURN,TURN』を流して欲しいと思う。あと、牧師には聖書のこのくだりを、文語訳で朗読して欲しいと思う。

引用した言葉は、もしかすると既に一度書いたことがあったかもしれない。

そもそも自分なりの「箴言集」、というのがこのブログの位置づけで、過日、たまたまそういう「言葉を集める」ということが話題になって、その話をしていた相手に過去の記事の中から何か糧になりそうな言葉を贈ってみよう、と思ったのだけど、読み返すとどうしようもなく戦闘態勢な言葉が満載で、おまけに自己愛の強さが見え見えで、我ながら辟易してしまった。

よろしい。私は自己愛の強い人間だ。
自分が生きることに不器用だということは自覚している。垢抜けていると言うことはとてもできない。緊張すると必ず馬鹿げたことをやらかす。世の中の悪意や不幸に耐えられない。そして、役に立つ美徳は何ひとつ持っていない癖に、何の役にも立たない美徳だけは無数に持っている。
でも、そんな自分を、私は決して否定する気になれないのだ。
救い難い、のだろうか?

最近、倫理とか常識とかいう明白であるはずの領域が、無神経に侵犯されていると感じる。私はただ「生き延びる」ことを目的として、そういう侵犯に黙って耐えるべきか? それとも、徹底抗戦を宣言して討ち死にすることを選ぶか?

大袈裟な。
でも、私は盤上の駒ではないのだ。
自分のチェス盤を前にした「対局者」なのだ。

春の訪れを目前にしてさえ、私の臨戦態勢はどうやら、まだ当分は解けないらしい。
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