la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
そして自我は乖離する
「誠實!どうしてそんなことがあり得ませう、人間は何も知りやしないのですからね。(中略)おのれ自身の正体もわかりやしないのでせう?」
(『未来のイヴ』ヴィリエ・ド・リラダン)


身体の芯が麩菓子にでもなったような、お湯を注げばぐずぐずと溶け去ってしまいそうな、実に頼りなく心許ない感覚。それが私の、日常における牧歌的な空腹だ。血糖値の低下を食い止めるための美味くも不味くもないチョコレートをかじりながら、不意に私は、自分がそこにいないことに気づく。
まるで自分の魂が、口から漂い出すにあたって代わりに出来そこないのペルソナを吹き込んで行ったかのようだ。そうして魂がどこかの空を彷徨っている間、その私はばたばたと落ち着きなく辺りの空気を引っかき回して過ごす。まるで頭の弱い室内犬みたい。
そう、この私はその私を少々、軽蔑しているらしい。でも、その私がそうやって働いてお金を稼いでくれるから、この私が暮らしてゆけるのだ。

さうやつて金銭を稼いでゐるわたくしは、本当のわたくしとは別の誰かなのです。ひたむきな、でも少々うつかり者の一個の職業婦人ですわ。ええ、やりがひはあります。少なくとも、自分が必要とされてゐると思ひ込むことのできる程度には。
けれど、私の心は、常に別の場所にあるのです。
恋? いいえ、違ひます。わたくし、恋などするにはあまりに自堕落ですもの。さう、恋愛といふものはまつたく、几帳面な方々のなさることです。わたくしにとつては、殿方のご機嫌取りは仕事の間だけで結構。 

「名訳」と謳われる齊藤磯雄の訳で『未来のイヴ』を読んだら「正漢字・歴史的仮名遣い」で読み辛くて参った。でも文語体は好きだ。慣れると心地良い。ゆるやかで思索的でちょっと飄々とした印象もあって。

だつて、ねえ、あなた。人間といふものは、ただばたばたしてゐれば良いといふわけではないぢやありませんか。

創元ライブラリ刊『未来のイヴ』の表紙の見返しによると、ヴィリエ・ド・リラダンのフルネームは「ジャン・マリ・マティアス・フィリップ・オーギュスト・ド・ヴィリエ・ド・リラダン伯爵」だそうだ。名門貴族の末裔なのに「生涯洗うがごとき赤貧に処し」、最期はマラルメに看取られたと書いてある。

マラルメに看取られたら穏やかに死ねる気がしない…。そうでなくても、こういう「才能ある貧乏な芸術家」の話は心を暗くさせるのに。
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