la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
宇宙旅行へはクマを連れて
「天に神はいなかった」
(ヴォストーク1号、ユーリ・ガガーリンの言葉)
「ふり向けば、すぐそこにいるのではないかと思われるくらい、神は近くにいた」
(アポロ15号、ジム・アーウィンの言葉)


ともに立花隆『宇宙からの帰還』からの引用。
NASAの宇宙飛行士たちに取材し、「宇宙体験が彼らにどのような影響を及ぼしたか」をまとめた本。それまであまり語られることのなかった宇宙飛行士の内面に向き合い、精神的・宗教的・哲学的な側面から宇宙体験を捉えようとする試みで、といってもアポロ時代の宇宙飛行士というのはつまり軍人であり技術者であるので、中には宇宙体験は自分の精神にまったく何の影響も与えなかった、と言い切る人までいるのだけど、時代の古さをさておいてもとにかく読み応えのある一冊だ(ちなみにアーウィンは、帰還後にハイ・フライトという教団を設立してキリスト教の伝道者になった)。

数日前のこと、他愛もなく夏風邪にやられてズルズルゲホゲホしていると、兄からメールが届いた。
「アームストロング船長がお亡くなりになった」。
まあ、兄からのメールは決まって誰かの訃報(過去数年間で受け取ったほんの数通のメールのうち九割がそれ。記憶にあるところではJ.P.ホーガン、浅倉久志、栗本薫、そして何故か児玉清)だから、メールを読む前から私は「今度は誰が死んだんだ?」と身構えるのが常だ。
今回はそれがニール・アームストロング。

わあ、まだ生きてたんだ。

アポロ11号の月面着陸なんかものすごく昔のことだと思っていたから、その当事者が死んだということより、今まで生きてたことのほうに驚いてしまった。
でも、そうなんだ。
あれってまだ、たった43年前のことなんだ。

ライト・フライヤーが空を飛んでからアポロ11号が月に降りるまでにかかった時間は、たったの六十年。
たとえばライト・フライヤーが飛んだとき十歳だった少年は、第一次大戦、ツェッペリン飛行船、リヒトホーフェンのフォッカー、リンドバーグのスピリット・オブ・セントルイス、第二次大戦(V2ロケットだのエノラ・ゲイだの)を経て、戦後イェーガーのベルX-1が音速を超えた時にはまだ40代半ば、さらにベトナム戦争、ガガーリンのボストーク1号なんかが続いて、アポロ11号の月面着陸の時には六十代半ば。

つまりこれは、一人の人間の一生の中に収まってしまうほど短期間の進歩なのだ。
人類はものすごい早さで進歩している、そんな風に見えるけれど、同時に、驚くほど進歩がない、と見ることもできる。

戦争のための技術がこれほど進化したのに比して平和を維持するための技術はまるで進化していない、というのは最近読んだ何かの本に書いてあって、それが何の本だったか一向に思い出せないのだけど(誰か知っていたら教えてください)、ほんとその通りだ、と思う。
太古の昔から、人はあらゆる工夫を凝らして人を殺してきた。
結局、自分のテリトリーを守ったり広げたりするために邪魔者を排除しようとしている「動物」なのだ。幾ら技術が進歩しても、邪魔者の排除がより「大規模」に「効率的」になるだけ。平和的共存は、いつまで経っても「机上の空論」「生ぬるい理想」で終わる。

平和的共存を「現実的課題」であり「優先事項」であると定めることが、そもそもできないでいるのだ、人類は。

言葉とか想像力とか、共感する力とか。
人類にはいろいろと、得難い特質が備わっているにも関わらず。

不思議だ。


追記、そう言えば月から帰還した後でひどい鬱病を患っていたバズ・オルドリン(『宇宙からの帰還』を読んでいると間違いなくアスペルガーの人だと思う)は今どうしてるんだろう、とgoogleで検索してみると、意外にも映画『宇宙兄弟』に本人役で出演したりして元気にしているらしい。

再追記、タイトルは、ボストーク以来、ロシアではコクピットに熊のぬいぐるみをぶら下げるという習慣が続いていたという記述が『宇宙からの帰還』のどこかにあったように思ってつけたもの。
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