la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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初夏の空と祈りの歌と
「ゆつくりと治つてゆかう 陽に透けて横に流るる風花を吸ふ」
(河野裕子/梨木香歩のエッセイ『水辺にて』からの孫引き)


ほとんど子供じみて見えるほどの、「空色」の空。
引用した短歌は、まあ、時季はずれだけれど。

春のうちはまだもやもやと、何やら得体の知れない生命力が水面下で蠢いている感じ。黄砂のせいもあるのだろうけど、空の色も、ずっともやもやしている。
桜の花は好きではないので(別に根元に死体が埋まっているからではなく、あのモル的な、不明瞭にもこもこと集合している感じが苦手)、私はお花見には行かない。

でも葉桜の頃になると、私はやにわに活気づく。
この季節、世界がすっかり開き直るのが楽しい。
そう、すべてが「すっかり開き直る」のだ。

私の感覚では、春にはまだためらいや煮え切らなさ、何か決心をつけかねている気配があって、「生命力」というものを内に籠った何やら不穏なものに感じさせる。
けれど、初夏になると空はあけっぴろげな「空色」になり、生命の象徴が、曖昧な「桜のもこもこ」から「舞い飛ぶツバメたち」に変わる。ようやく心を決めた樹木たちがためらうことなく若葉を開き、緑がその濃さを増し、そして私は思うのだ、ああ、これこそが「生命」なのだ、と。

そこにはいっさいの詩情を拒否する凛とした強さ/明るさがある。
生命の、「生きるということ」の、束の間の全肯定。

気の遠くなるような秋の切なさや、潔い真冬の冷徹さも、嫌いというよりは好きだけれど。
でも、たぶん、私がいちばん好きなのはちょうど今の、初夏の頃だ。

病に伏せっていた実家の母が、今日は少し元気になったみたいでひと安心。
そんな歳になったのだなぁ、と、歳を重ねることの喜びと痛みとを噛みしめつつ。
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