la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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どくしょきろく、得点つき②
どくしょきろく②です。
近ごろ読書が停滞しているなと感じていて、感想文がいちいち長いのでそんなこともないみたいに見えるのだけど、冊数としては10冊程度。2か月でたった10冊って、記録的なローペースです。まあ12月は仕方ないか・・・これからまたガツガツ行きます!


『供述によるとペレイラは…』『ダマセーノ・モンテイロの失われた首』アントニオ・ダブッキ(ともに75点)
幻想作家タブッキがスペイン市民戦争を背景に描いた社会派小説? 有り体に言えば二冊ともそういう本。扱われている題材は同じ(罪なき者、無力な者を押し潰す醜い双生児としての権力と暴力。傍観の罪、悲劇としての理想主義の破滅)。少し前に読んだナボコフの『ベンドシニスター』(70点。ひどい残酷小説だった)も、よく似ている。
ノーベル文学賞、いい加減タブッキにやれよ、と思う。いや、バルガス・リョサはOK。トランストロンメルも(読んだことないけど多分)OK。でも、村上春樹とどっちにするか迷うのはNGだ。
ちなみに『ペレイラ』は映画化されてて、ペレイラ役がマストロヤンニ、医師役がG.ドパルデュー。私的には「それ逆じゃないの?」と思うのだけど…。

『ガラテイア2.2』リチャード・パワーズ(80点)三度目の挑戦でようやく読了。何せ「(大学時代に)最愛の物理を裏切って文学と寝た」パワーズのこと、膨大な理系の知識と膨大な文学の知識がぎっちり詰め込まれていて辛かった(まだバベッジとレイディ・アーダは解る、チューリング・テストも解る、でもニューロンやらシナプスやら神経回路網やらは…うう、駄目だ)。
リチャードが「H号機」に名前を与える瞬間のあの切ないような輝かしさ、レンツの研究室の扉に貼られた写真、愛と寒さとどうにもならない苦しさに満ちた日々の回想、最初の一文しか書けなかった小説と、書けなかった小説が持つ無数の「続き」。ダイアナと二人のこどもたち。
あまりにも、心をとらえるものが多すぎる(そこいらの小説家なら、パワーズの一冊分の素材を薄めて十冊くらい長編を書くところだろう)。
ああ、しかし、ちょっと今回だけは力不足で最後まで食らいつけなかった。途中からサブプロットがちゃんと読み切れなくなって、終盤で何のことを言ってるのか解らないくだりまであった。
悔しい。
手元に置いてじっくり読み直したいのだけど(役に立たない知識を貯め込む才能には恵まれているので、ちょっと勉強すれば何とかなるような気がする)、装丁がまったく私の趣味に合わないので買うのがためらわれる。もう少し文学的な装丁だったら良かったのに。
蛇足だけど、パワーズにチェス小説を書いて欲しいなぁ。

↓まだ続きます↓
『グローバルヘッド』ブルース・スターリング(65点)
『ディファレンス・エンジン』(W.ギブスンとの共著)なみのハードな長編小説を期待して図書館で借りたら、短編集だった。でも、読書に没頭できない時期(のわりには読み散らかしてるけど)にはむしろありがたかったかも。各短編のタイトルがかっこよくて好きな感じ。スターリングをもっと読みたいという気持ちにはならなかったけど、ライカ犬の帰還というエピソード(一短編の余興的副産物)に出会えたことはすごく嬉しかった。せめてこういう形でなりと、記憶し、哀悼を捧げたい。
というわけで、ライカでプラス5点しての65点。

『バイティング・ザ・サン』タニス・リー(75点)
理想社会に馴染めない少女が自分の居場所を見つけ出すまでのありふれた物語。ありふれた筋書きと、初めから約束されているありふれたハッピーエンド。けれど、面白い。これだけありふれていてなお精彩を放つタニス・リーの細部の魅力に敬意を表して(?)甘めの採点。
人の感情をエネルギーとして利用する、という、私が思いついたと思っていたアイデアが描かれていてがっかり(「支払いブース」でヒステリックに「ありがとう」と叫ぶのがこの世界の代金精算)。
あと、ビジュアル的に豪華なのが楽しい。何せ自分の外見を自由にデザインできる世界だから、そこらじゅう美男美女だらけ(自殺する=身体を新しいのに換える、という感じ。昨日まで男だった友達がいきなり自殺して女になって戻ってきたりする)。ついでに言うと、そんな世界で蟇蛙めいた醜い外見を選び続けるハッタがめちゃくちゃ魅力的。
うーん、あと5点くらいプラスしたい気はするけど、ふと栗本薫の『レダ』(80点)を思い出して踏みとどまる(栗本薫は中学~高校くらいで読み漁った作家。正直に言ってキャリアの後半はグズグズだったと思うし、『レダ』も含めて根本的なところで相容れない思想の持ち主なのだけど)。理想社会のアウトサイダーを描いた物語としては、『レダ』の方がずっと強烈で破壊的だ(『バイティング・ザ・サン』の主人公の「なじめなさ」はわりあい健康的に外へ迸るのだけど、『レダ』のそれはひたすら内向きな独白になる。アウトサイダーに対する社会の反応も『レダ』の方がずっと不気味)。けど…しかし、似てるなあ。
『バイティング・ザ・サン』の邦訳初版は2004年、『レダ』初版は1988年。
まあ、世界には「なじめなさ」を抱く若者がいかに多いか、ということの証明みたいなものだろう。そういう感覚が貴種流離譚になり、ハリー・ポッターになる。その辺り、意識的に踏み込んで書いているのは小野不由実の『十二国記』シリーズ(70点)だろうか。この作品は「別世界の人間にとっても生き抜くことは同じほどに辛い」とか「そういう感覚を抱く人間がすべて別世界の人間であるとは限らない」とかいう容赦のない刃物を突きつけてくるので気が滅入る(現実社会で説教されるならまだしも、書物に逃避しようとしてこれに出くわしたら泣きわめきたくなるはず)。まあ、「なじめなさ」に「本当の居場所」という安易な解決を与えない厳しさこそが小野不由実の持ち味であり魅力でもあるのだろう。私はちょっと、逃げ腰になるけど。

『オレンジだけが果物じゃない』ジャネット・ウィンターソン(70点)
 このタイトルはとても好きだ。なかなか魅力的な小説ではあったのだけど、そもそも私は私小説というやつにあまり興味がない。理不尽にも引き離された恋人とか、偏向的な母親との葛藤とか、理解ある身近な人の死とか(あと教会のバザーとかね)。読み終わって少し時間が経ってからようやく、「結構どうでもいい小説だったな」と思った。セクシャル・マイノリティの物語としては断然、『僕と彼が幸せだった頃』(80点)のほうが良かった。これはタイトルが気に入らないのだけど(原題は聖書の有名なくだりからとった『死の影の谷』で、邦訳タイトルはそれじゃ印象が暗すぎる、というのでこれになったらしい)。アメリカのゲイ・ムーヴメントとエイズ禍の只中に生きたひと組のカップルの、鮮烈で真摯な印象を残す物語。

『幻のヴァイオリン』アン・ライス(未読)
 アン・ライスは、かの『インタヴュー・ウィズ・ヴァンパイア』の原作者。吸血鬼には一時期かなり惹かれて詳しくなった私だけど、アン・ライスの描くヴァンパイアはあまりにも耽美的で怯む(むかし映画も観たけど、「トム・クルーズには金髪は似合わない」というくらいの感想)。
 この本も、冒頭の独白があまりに自己顕示的で読む気が失せてしまった。
 たぶん未読のまま図書館に返すだろう。
(後日、やっぱり未読のまま図書館に返しました。)

『謎のヴァイオリン』クリスティアン・ミュラー(45点)
 前述の『幻のヴァイオリン』を借りるのに合わせて、あまりにもタイトルがシンクロしていたので(まったく期待せずに)借りた一冊。可もなく不可もなく。クラシック好き弦楽器好きだからこそ最後まで読んだけど、うーん、特に言うべきことのない一冊(グァルネリを描くならその音色を、もっと言葉を尽くして描いて欲しかった)。何となくシリーズ化を目論んでいるような終わり方だったけど、シリーズ化してても私は読まない。

『リリエンタールの末裔』上田早夕里(65点) 短編集。久々の国産SFで残念な点数。表題作はタイトルだけでだいたいどんな話か解ってしまう(私は飛行機には詳しい)。とても若々しく爽やか、でも今いちステレオタイプ。描きたいことをあまり直截に表現しすぎているのかも(あと「お金を貯める手段」というだけの労働の扱いにも疑問を感じる。もちろん労働なんてこの物語にとってはまったく二義的なものなのだけど、人生の時間の大半を費やすのだからそこらへんのことをもっと書き込んで欲しかった)。表題作以外の作品にも同じことが言えて、短編とはいえあまりにも単純すぎる、露骨すぎる、という感じ。こういう使い古された主題を描くためには、もっと周辺や細部に気を遣うべきなんだろう(ちょうど『バイティング・ザ・サン』が良いお手本だと思う)。
結局、帯の煽り文句に騙されたのかな、という一冊(あ、でも最後の『幻のクロノメーター』は良かった。この短編だけなら75点くらいつけたかも)。

『ジーヴズの事件簿』P.G.ウッドハウス(90点)
執事になりたいと思っていたはずが、これを読むと執事を雇いたくなります。
読むのは五回目くらいです。
ウッドハウス大好きです。
眠れない夜、特にセロトニン欠乏時の抗不安薬として服用すると良いです。
クロードとユースタスが好きです。アガサ叔母も好きです。バーティが聞いたら目の玉をひんむくでしょうが。
皆さまご存知ですか、白鳥の眉毛が真ん中でつながっているみたいに見えるって?

『ディアローグ』ジル・ドゥルーズ&クレール・パルネ(途中) 
入門書を読んでも頑として私を受け付けなかったドゥルーズの思想に、この本を読んで初めて、ちょっと近づけた(軽い会釈くらいは返してくれた)気がする。ノマドロジーとか、「機械」の概念とか。
「ドゥルーズを読むなら、この一冊から」と裏表紙に書かれているのも頷ける。もっと早くに、大学時代にドゥルーズを知っていればと思う。知っていればどうなんだと問われればそれはよく解らないのだけど(あの頃の私は今よりずっとずっと頭が悪かった)、ドゥルーズ、好きだ。わからないなりに好きだ。そして思想そのものよりも、読んでいて不意に息を呑むような詩的な段落に出会う瞬間のほうを私は愛してしまう(こんなに詩的な言葉で語られる哲学が他にあるだろうか?)。
このブログのいちばん最初の記事で、孫引きではあるけれど『千のプラトー』のそういうくだりを引用している。あと『アンチ・オイディプス』で「明確に規定された条件において人間がその部分となっている集合に、このような性質が繰り返し伝導されるなら、たちまち人間は機械を構成する」ということの例が幾つか挙げられるところでは、ステップ地帯の遊牧民、官僚機構の下の人々、古代ギリシャの歩兵、ときて、それに続く一文が「愛と死の危険な条件の下において、ダンサーはフロアとともに機械となる…」。これだけで胸が熱くなるのは私だけだろうか・・・あら? 私だけかも?
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