la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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カフェカフェ☆インフィニティ
「まあ、大層なことを考えても、やれることはあんまりないね。」
(川口葉子『京都カフェ散歩』より、奥野修の言葉)

奥野修氏は、京都の有名店「六曜社地下店」のマスター。六曜社は私が初めて一人で入った喫茶店だ(大手チェーン店を除く)。
当時は「六曜社のコーヒーは美味しい」と人の噂に聞いていただけで、あまりカフェやコーヒーそのものの文化には馴染みがなかった。美味しいと言われるコーヒーがどんなふうにドリップされるのか興味津々で、ドリッパーのセットされているカウンターの真正面に座ったのだけど、これが失敗だった。

カフェというのは飽くまでも自分のくつろぎの時間のためにあるもので、自分がカフェを開きたいと考えているのでもない限り、安心して美味しいコーヒーが出てくるのを待っていれば良いのだ。

ドリッパーに向かうマスターの様子を観察するなんて、大して有意義なことではない。

そこで出されたコーヒーの、癖のないさらりとした味わいには些か拍子抜けしたのを覚えている。一緒に頼んだ百円のドーナツもまた飾り気のない素直な味で、物足りない、というよりは心底ほっとする、シンプルな優しさ(素っ気なさ、ストレートさ、素朴さ、何とでも言えるけどとにかく繊維で言えば清潔な綿の感じ)に、私は少し、自分の貪欲さを恥じた。

引用した言葉は『京都カフェ散歩』の中で、この六曜社のマスターが対談でもらした一言。

単なるガイドブックではなて、カフェとその空間を作っている人たちの息遣いが感じられる、とても素敵な本だった。

実はこの本、三冊買ったのだ。
まったく同じ本を、三冊。

初めの一冊は雑誌を買うのと同じ感覚で、眠れない夜のために。

一読して、この本をあげたい、と思った人がいた。それで今日、二冊買って実家に帰って、一冊は母親に、もう一冊は兄と一緒に住んでるSさんに進呈。

きっと喜んでもらえると思う(特にうちの母は、たびたび足を運んでいる喫茶フランソアの歴史を知って感激してくれるだろう)。
自分ではなかなか行く機会のないカフェ散歩だからこそ、こういう本に出会えたことが嬉しい。

この本に載っていて特に行きたいと思ったのは、ドイツパンのお店「はちはちinfinity cafe」と烏丸御池の「月と六ペンス」。

こういうお店でくつろげる余裕が欲しいな、と思う今日この頃。ああこの本、もう一冊買うかも。
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