la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
INVITATION
「…、信頼というものが低下していく文脈に屈してしまった個人はすべて、何も積極的な行動をとらなかったことを通して、そうした文脈を助長したと言える。」
(『舞踏会へ向かう三人の農夫』リチャード・パワーズ)

アウグスト・ザンダーの同名の写真(第一次大戦勃発の年に撮影された『舞踏会へ向かう三人の農夫』)から生まれた、容赦のない濃縮非還元小説。

複製された三枚の「三人の農夫」をめぐる、三つのパラレル・ストーリィ。細部の異なる幾つもの像は、ひとつに結び合わされるかに見えて、最後には分裂/増殖の様相を呈する。

つまり、名前も、生も死も、歴史も世界も、問いも答えも、物語も、ひとつではないのだ。

具体的に言えば、この本に書かれているのは「二十世紀」だ。その内訳は戦争・テクノロジー・芸術・名もなき人々の人生・等々。

ザンダーの写真に映っている(というよりは写真の中からこちらを見つめている)三人の青年たちは、五月の舞踏会に出かける途中であり、また、世界大戦という死の舞踏に赴く途中でもある。

パワーズは健全な理性と明敏な知性と卓抜したユーモアでもって、戦争を、そして二十世紀そのものを、俯瞰して描く。

文章は軽やかに入り組んだステップを踏み、読み手の知のレベルを試すかのように史実を引き固有名詞を引き文献を引き、自由気ままに思索を展開する(パワーズがここまで傍若無人な知的ダンスを繰り広げているのは、彼がこの小説を「誰も読まないだろうと思って」書いたからだ)。

「複製可能」な二十世紀の象徴、つまり写真・T型フォード・戦争(ここに至っては「死」すら複製可能となる、というのは私の勝手な解釈)。

面白い。

込み入ったステップについて行こうとして足をもつれさせながらも、私はリチャード・パワーズの無類の知的舞踏会を、存分に楽しんだ。
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