la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
劇場サポーターレポートのための原稿
びわ湖ホール(滋賀県立芸術劇場)の広報ボランティア“劇場サポーター”の月イチのレポート提出のために書いた原稿です。
ほんとは月イチ出さなきゃならないのだけど、怠慢でかなり久しぶりだった。
びわ湖ホール、いいとこです。オペラとダンス(モダン~コンテンポラリー)のラインナップが豊富だと思います。その他、室内楽、声楽、演劇、等々。
びわ湖を一望できるホワイエ(ロビー)はすっごく気持ちいい!ので、ぜひ一度訪れてみて下さい。

「不機嫌なオルガニストと貪欲な観客たち」
(フレデリック・シャンピオン 魔法のオルガン・リサイタル
 ~すべてはバッハから、そしてフランスへ~
 1月8日、大阪の<ザ・シンフォニーホール>にて)

 前半がバッハ一色、休憩を挟んで後半が、オルガニスト自身の編曲を含むオーケストラ曲の演奏。盛りだくさんのプログラムでチケット代は破格の三千円。新しい年のはじめに、パイプオルガンのあたたかで重厚な爆音に包まれるのっていいかも・・・と想像して、母親を誘って行って来ました。

 一曲目にしてプログラム最大の不安、トッカータとフーガニ短調。何故なら私たちの世代にとって、この曲の出だしは「ティラリ~、鼻から牛乳~♪」というかなり品のない歌詞を持つ旋律だからです(牛乳じゃなく豆乳という説もあるんですが)。
 ともあれ、頭の中で「ティラリ~♪」と歌いながら聴き始めると、何だか音がぷつりと切れる。演奏がそこはかとなくグールド風なのです。音を短く切って、レガートをかけない。オルガンは鍵盤から指を離すと残響も無しにぴたっと音が切れるので、どことなく、雑な演奏、という印象。前半はずっとそんな感じで、奏者も聴衆も何だかピンと来ないまま、ドタバタした印象を残して過ぎてしまいました。

ところが休憩を挟んで後半に入った途端、音楽が活き活きしてきて・・・サン=サーンスの『死の舞踏』で、ようやく私は「あ・・・、これスゴイ」と思ったのでした。骸骨たちが楽しそうに墓場で踊ってました。私の頭の中では。不気味な、でもちょっとばかり浮かれたリズムに合わせて。そう、たとえばそれはハロウィンのお祭り・・・。

・・・ほんとはバッハ弾きたくなかったんじゃないの?
 と、意地悪な女友達のようにニヤニヤしながら私は思いました。
(パイプオルガンのコンサートじゃバッハやらなきゃお客が入らないのかな?)
 それから後は「一人オーケストラ」の異名を持つパイプオルガンの本領?発揮。フルート、トランペット、シンバル、コントラバス・・・あらゆる楽器の多彩な音色が次々と重なって、めくるめく音の饗宴でした。「モルダウ」を聴きながら心地良くうつらうつらして、昔の旅の風景をあちこち思い出しながら、夢とうつつを行ったり来たり。そして終盤の『ウェストミンスターの鐘』では、期待していたフォルティシモの爆音(それはもう文字通り爆音!)に晒されて、とっても気持ちが良かったのです。 
 行く年よさらば! この轟音と共に去れ!

 でも、観客の反応はまだまだ鈍い。隣席の母はピアニシモとフォルティシモの間をめまぐるしく行き来する音量に補聴器と格闘。少し気の毒で、申し訳ないような気持ち。そして私も何だかお尻が痛い・・・。

それでもプログラム終了後、拍手が鳴り止まないのです。譜めくりの人もオルガンの横に座ったまま動かない。オルガニストは再び出てきてきっちり二度おじぎをして、また舞台袖へ戻ってゆきます。拍手は続き、オルガニストはまた出てきて頭を下げ、アンコール曲を弾くのかと思いきや、またスタスタと去って行く。扉も閉まる。でも拍手は続き、扉が開き、三度目の登場。今度こそアンコールか、と思わせておいて、おじぎ、スタスタ、バタン。
拍手は続くよどこまでも。

母と私はここで席を立ちました。
プログラム中(特に前半)、明らかに、観客の反応は良くなかった。演奏者自身にもそれは伝わっていたはずです。私には、演奏者がそれを解っていてアンコールを固辞しようとしているように見えたのですが・・・。
結局、彼がアンコールに応えたのかどうかは解りません。
でも、アンコールって何だ? と、私は思うのです。
演奏に感動して、「素晴らしい、もっと、せめてもうちょっとだけでも聴かせて欲しい」と思う、その気持ちの表れが「鳴り止まない拍手」なんじゃないかと思うのです。バレエでも、音楽でも、最近の公演ではダンサーや演奏者を拍手で何度も引っ張り出すのが当たり前。アンコールは最低でも二曲、バレエのカーテンコールは十回近く・・・。
事実、散々だったアメリカン・バレエ・シアターの某公演でも、お客はスタンディング・オベーションをしていました。でもあの時、私は立ち上がれなかった。拍手も途中で止めてしまった。
夢中になって、手のひらがかゆくて真っ赤になるまで拍手し続けて、大声で叫ぶ勇気はないので(でも黙っていられなくて)こっそり小声で「ブラボ」と呟く、それがアンコールなのじゃないでしょうか?
 解らなかったら拍手はしなくていいのです。つまらないと思ったらブーイングをすればいいのです。その代わり、たとえ楽章と楽章の間でも、感動したなら拍手をしてもいいと私は思います。

 芸術を楽しむ下地が、この国にはないような気がする。
 自分と舞台が直接、結びついていない。
少々退屈でも最後の最後まで見尽くさなきゃ「損」と、皆が思っている気がする。
 周囲の人がどう反応しているか、びくびく辺りを窺っている気がする。
ひょっとすると私自身、そういう傾向があるかもしれない。
 でも、そんなんじゃないだろ、舞台芸術って。

 私はこれが好き。あなたは別のものが好き。
 あなたが感動するものに、私は感動しない。私が感動するものに、あなたは感動しない。
 それでいいのだ、と思うのです。「好き/嫌い」は「優/劣」とは違う、極めて主観的な価値基準なのだから。

 ともあれ、今回の結論は、「そうじゃないんだ!」ということなのでした。

 (おしまい)
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≪この記事へのコメント≫
楽しむ
私も形式的な拍手とアンコールには疑問を感じる。時には反発も感じる。
義理みたいなもので拍手している、というのが嫌だなあ。

日本の伝統芸能の観客っていうのはどうなんだろうね。歌舞伎座とか寄席とか。
行きたいなあと思いつつ、まだ行ったことないんだけど。
2007/01/30(火) 18:37:15 | URL | マツド #WBN07k7g[ 編集]
寝る・・・
日本の伝統芸能は、間違いなく寝る。歌舞伎は「こういう場面でこういう掛け声をかける」とかいう決まりごとが多そうな気がするなぁ。
寄席は私も行ってみたいんやけど、一緒に行ってくれそうな人がいなくて、初めて行くのに一人でっていう度胸もなくて。

ところで、新聞の大見出しに「米朝」って書いてるのを見るといつも桂米朝かと思う。
米朝さんが一面記事になったら凄いよね…。
2007/02/06(火) 20:01:06 | URL | サト #-[ 編集]
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