la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
ふしぎないきもの
  自分の取り扱いに、難渋している。」
(梨木香歩『家守綺譚』)


普段は翻訳文学一辺倒の私だけれど、近頃どうも日本人作家のものを読む機会が多い。近所の図書館の海外文学の棚をもうだいぶん見飽きてしまったのと、自力で新しい本を発掘するための磁場が多分、今ちょっと弱っているのだと思う(おかげで人から勧められた本を素直に読めるので、これはこれで実りの多い経験だ)。

で、職場の人に勧められて読んだのがこの『家守綺譚』。
床の間の掛け軸から死んだ友達が訪ねてきたり、庭のサルスベリに懸想されたり、疎水から池に河童が流れてきたりするのを、主人公は控えめに驚き怪しむのだけど近所の人たちにとってはそれがごく当たり前の出来事らしくて、ぐにゃぐにゃした海藻のようなものを「河童の抜け殻に決まってます。」と教えてくれたり、小鬼が出たのを「今日はもう啓蟄ですから。」と説明してくれたりするのが可笑しい。
そういう「ふしぎないきもの」の認識のしかたは畠中恵の『しゃばけ』シリーズや、漫画で言えば波津彬子の『雨柳堂夢噺』とか冬目景の『風車館来訪記』を思わせるのだけど、断然、これは秀逸。

冒頭の引用は、死んだ友人から「  ふさぎの虫に取り憑かれているな。」と声を掛けられたときの主人公(というか語り手)の返事。「自分の取り扱いに、難渋」するという感覚が、今の私にひどくしっくりと馴染む。それに対して友人はこう応えるのだ。「  大気がこれだけ騒ぐといろんなものが出てくるのだ。」と。
なるほど、今は大気が騒いでいるのだということにしておこう。

久しぶりに、読み終わるのがもったいなくて途中でむりやりパタンと閉じる、そんな本に出会った。枕元に置いておいて一晩に一話ずつ眠る前に読む、というのが理想的なのだけど、つい読み急いで、二泊三日くらいで読了。


スポンサーサイト
Comment
≪この記事へのコメント≫
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
Trackback
この記事のトラックバックURL
≪この記事へのトラックバック≫
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。