la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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ホンキートンクライフ
「[なぜ]を問う欲求の重荷を引きうけよ」
(『ウォーターランド』グレアム・スウィフト)


そうなのだ、私はその重荷を捨てて生きるより、その重荷を背負って死にたい。
それはさておき。
数日前にようやくショパンの美しすぎる悲哀の海から這い出して、今は別のCDをプレーヤーに乗せている。偏愛するグレン・グールドの演奏で聴いているのはモーツァルトのピアノ・ソナタ。グールド自身が「嫌い」だと公言して憚らなかった、まさにそのモーツァルトだ。

あちこち跳ね回る音符を軽く「あしらう」ように奏でられる第一楽章。ゆっくりと丁寧だけれどどこか心ここにあらず、といった様子の第二楽章。そして第三楽章は、ほとんど急き立てられるようなギャロップの足取りでさっさと駆け抜けていってしまう。

そんなグールドの、そんなモーツァルト。そのCDを(例によってブックオフで)見つけた時、グールドが何をどれだけ録音したかよく知らない私はかなり意外に思った。何で嫌いな作曲家のピアノ・ソナタを(それも全曲)録音したんだろう、と。

そのCDを聴く限り、グールドはモーツァルトを軽く「あしらって」いる。

モーツァルトの最も有名なイ長調のソナタ(誰にでも聴き覚えのある子守唄)を、グールドはひどく嫌って幼い頃からろくに弾こうとしなかったらしいのだけど、その理由が「誰でも弾く曲だから」だった、という話が私は大好きだ。この4枚組のCDにもその11番が含まれていて、やっぱり「あしらっている」感が溢れているのも大好きだ。

私がそれを繰り返し聴くのはその「気のなさ」が心地良いから(何の感情も押しつけて来ない、私にとってポリーニのショパンと正反対の性質)。

グールドのピアノには喜びも悲しみもない。あるのはただ、音だけ。ひたすら連なり駆け巡り飛び跳ねる音だけ。

無心に、鍵盤にほとんど額をくっつけるようにしてグールドは弾くのだ。音楽をというよりは、音を。そのひたすらな没頭が私には心地良い。

喜びも悲しみもない、ただ在るだけの私には。
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