la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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枯れ葉の舞う午後

半年くらい前、後味の良くない短編小説(モーリス・ルヴェルとかディノ・ブッツァーティとかジョナサン・キャロルとか)ばかり読んでいた頃に書いてみた文章。
ちなみに「オリョール」はロシア語で「鷲」、「チャイカ」は「かもめ」。ユーリ・ガガーリンは宇宙から地上へ呼びかけるのに「ヤー・オリョール(私は鷲)」と名乗り、後にロシア初の女性飛行士ヴァレンチナ・テレシコワが「ヤー・チャイカ(私はかもめ)」と名乗った。

そう言えば昔、私の「将来の夢」は小説家になることだったなあ。
今はもうそんなことは思わないけど、ストレス発散の手段としては結構、効きます。
1.「親愛なるチャイカ」

 親愛なるチャイカ。
 枯葉の舞う午後、陽だまりは遠く、君は大きなショールにくるまって肩を竦めている。僕のいる窓に背を向けて、ひっきりなしに舞い落ちる枯葉の中で一人、遠い陽だまりを見つめている。僕が窓から見つめているのは燃え立つような赤毛。君はその髪に相応しく、雌鹿のような瞳に炎の情熱を秘めている。そんな目をして、君は冬が嫌いだと言う。僕の好きな冬を、まだ一片の雪も降らないうちから。そこから始まった冬をめぐるつまらない諍いの後、君は嫌いなはずの冬の空の下へ出て行って遠い陽だまりを見つめ、僕は小さな薪ストーヴに火を入れて、暖かな二階の部屋から寒そうな君の後姿を見つめる。もちろん譲歩すべきなのは僕だ、君はあの忌々しい猫のヴァレンチナ共々、僕の館の主賓なのだから。君が親元へ帰るなどと言い出さないように、僕は細心の注意を払うべきなのだから。
 君はやがて、外の寒さに耐え切れなくなって渋々、戻って来る。僕のいるこの館へ。僕は玄関で君を出迎え、ブランデー入りのホットチョコレートを差し出す。泣き笑いのような表情を浮かべてマグを受け取り、君は小さな声で「ありがと、オリョール」と言う。僕は君の額に軽く唇を触れ、「どういたしまして」と言う。君はゆっくり微笑しながらマグを唇に運ぶ。僕は君の様子をじっと、少々不自然なくらいじっと見守る。君が遠い陽だまりを見つめていたのと同じ目をして。それから、君は不意にしゃくりあげる子供のような声を立てて身体をこわばらせる。その手からマグが滑り落ちて、玄関のマットの上に転がる。君は救いを求めて僕を見る、でも僕はその場に立ち尽くしている。君は僕の方へ震える手を伸ばす、僕が必ず助けてくれると信じて。
 そう、いつだって僕はその手を取ってきた。いつだって君の欲しがるものを差し出してきた。花束、ワイン、宝石、愛。暑いときにはレモネード、寒いときにはチョコレート。でも、それももう終わりだ。君が昨日のうちに作ってくれたあのシチューを、僕は今夜ひとりで食べることになるだろう。君なしで。ひとりきりで。
 僕からの最後の贈り物を、君は心底からの驚きでもって受け取る。信じられないといった様子で目を見開いて僕を見つめ、足元に転がったマグと玄関のマットレスに染みこんでゆく液体の染みを見つめ、自分の喉元に手をやって苦しそうに爪を立て、その白い肌に幾筋か赤い傷跡をつけてしまう(もったいない、と僕は思う)。それから僕の見ている前で、君は膝からゆっくりと崩れ落ちる。僕は君が立ち上がるのに手を貸してやろうとはしない。手を貸したところで、君は立てない。もう二度と。
そんな場面を空想しながら、いま僕はキッチンに立っている。君はまだ外だ。でももうすぐ、身体の芯から冷え切って戻ってくることは確かだ。僕がホットチョコレートを用意していることを君はちゃんと知っている。でも小さなソースパンをかき混ぜながら、僕が昔読んだベンヤミンの言葉を歌うように呟いていることまでは知らない。
 「贈り物は、贈られた相手が心底からびっくりするようなものでなくてはならない。」
 チャイカ。君の眠りが安らかでありますように。

 愛をこめて、オリョール



2.「親愛なるオリョール」

 親愛なるオリョール。
 今朝のあなたはとても楽しそうだった。まるで散歩に連れていってもらうのを待っている仔犬のように期待に満ちた黒い目をきらきらさせて、話していたのは冬支度のことだった。薪をたっぷり買うこと、風や雪の吹き込む隙間はないか館じゅうを見て回ること、じゃがいもとソーセージを地下室に運ぶこと、暖かい毛皮の敷きものを二、三枚調達すること。あまりにも楽しそうに話すあなたが憎らしくて、わたしはつい、冬なんて嫌い、と言ってしまった。言った途端、後悔した。馬鹿なわたし。冬は苦手だと、せめてそう言っていればもう少しましだったのに。でも仕方ない、何故ならわたしは冬が苦手なのではなくて、冬なんて嫌いなのだから。嘘は吐かないと約束し合ってから、わたしは一度もその約束を破らなかった。あなたが何度わたしを裏切っても。キッチンの上の棚に隠した殺鼠剤のことも、わたしが黙っていたのはただあなたが何も訊かなかったからだ。そう、あなたはそれを見つけたはずなのに、何も訊ねなかった。この館に来てからお目にかかった鼠と言えば、ヴァレンチナがどこからか誇らしげに銜えてきた瀕死の鼠が一匹だけだったのに。あなたはわたしの作った料理をいつも喜んで食べた。嘘は吐かないと約束したはずなのに、塩を入れ忘れたスープでさえ美味しいと言って。
 今夜、あなたは食事の途中で不意にスプーンを取り落とし、片手で自分の喉をつかみ、もう一方の手でテーブルクロスの端を握りしめて、散々に悪態を吐きながら椅子を蹴り倒して立ち上がり、テーブルクロスを引っ張って食卓の上に乗っていたあらゆるものをめちゃくちゃに散乱させて、うんざりするくらい痙攣したあとで、すっかり静かになるだろう。一度としてわたしを責めることなく、わたしを罵ることもなく。
 そう、いつでもそうだった。あなたはただ与えるだけで、わたしに何も求めなかった。わたしはいつも、あなたの差し出すものを受け取ってきた。花束、ワイン、宝石、愛。暑いときにはレモネード、寒いときにはチョコレート。きっと今も、わたしが凍えて戻るのを承知で、キッチンで小さなソースパンをかき混ぜているだろう。でも、それももう終わりだ。ひっきりなしに降りかかってくる枯葉が煩わしい。オリョールの愛と同じ。この館へ来てから何度そう思ったか知れない。ああ、明日もまたこの落葉を掃かなくちゃ。どうして毎朝こんなにたくさんの落葉を掃き集めては燃やさなくてはならないのだろう。いっそこのいまいましい木ごとぜんぶ燃やしてしまうというのはどうかしら、と。
 でも、明日からはもう、落葉を掃く必要はないのだ。
 わたしが望んだのは、あなたに甘やかされ手懐けられることではなかったのに。ヴァレンチナがあなたに懐かなかったのは、猫には嘘がつけないからだ。もしかすると、わたしはあなたに仔犬を飼うことを勧めるべきだったかもしれない。ユーリという名の、わたしには決して懐かない犬を。
もう遅い。すべては終わった。明日になったら、ヴァレンチナを連れて故郷へ帰ろう。
 さよなら、オリョール、永遠に。

 愛をこめて、チャイカ
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Comment
≪この記事へのコメント≫
私は、オリョールの方が好き。
2009/02/22(日) 17:26:00 | URL | マツド #WBN07k7g[ 編集]
当初はオリョール版だけだったんですが、こんな人に想われて何も語らないまま死んじゃうのも気の毒だなぁと、数日後にチャイカ版を書き足しました。蛇足だったかもしれないけど、見方によってはオリョールってストーカーっぽいので、より後味の悪さを追求すべく。

でもこの勝負はオリョールの勝ち。文章としての出来もオリョール版に軍配。でも私はチャイカが好き(笑)。
また何か面白い題材を見つけたら、短編なりと書いてみます。「誰でも表現者」的なインターネット媒体に私は否定的だけど、まぁ無償だからいいや、なんて適当な言い訳をしつつ。
2009/02/25(水) 21:48:55 | URL | サト #-[ 編集]
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