la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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ラディカル・ヒストリィ・ツアー
「シーオの眼を国際問題に開かせたのは九・一一の同時多発攻撃であり、それはまた、友達と家庭とミュージック・シーンのほかの出来事も自分の存在に関わってくるのだという事実をシーオが受け入れた瞬間でもあった。当時のシーオは十六で、いささか遅蒔きのようにも思われた。」
(『土曜日』イアン・マキューアン)


世の中には、二十歳をとうに過ぎても「国際問題」なんかまるで意識しない人がたくさんいる。アメリカの新大統領に芸能リポーター的興味をしか持たない人とか。どこかで続いている戦争について「私は平和な国に生まれて幸せ」とか、そんなようなことしか呟かない人とか。禁を犯してふたつめの引用をすると、「目を閉ざしたままで生きることは容易い」(ビートルズの『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー』から)。

もとい。
私の眼を国際問題に開かせたのは、1989年の11月の出来事だった。
子供時代の私がブラウン管を通して初めて歴史や社会というものを体感した、あの忘れがたい事件。
テレビというものがあの瞬間ほど輝かしい事件を映し出したことは、私の記憶にある限りではそれまで一度もなかったし、それから今日まで一度もなかった(尤も私がテレビを見なくなってもう二、三年は経つけれど)。

1989年11月。
ベルリンの壁の崩壊。
当時の自分がベルリンの壁の意味を、その崩壊の意味を、ろくに理解していなかったのは確かだ。けれど、あのテレビの映像は今でもはっきりと、完全無欠な祝典のイメージとして眼に焼きついている。

それから月日を経て東西ドイツは統一され、冷戦もまた幕を閉じた。
すべては過去の物語だ。
けれど、今に至るまで、歴史は変わらず輝かしさとは無縁な出来事を繰り返している。

湾岸戦争の空爆のTV中継にただ漠然とした非現実感を味わった人々は、九・一一のテロを、誰かが冷徹に評した通り「ポルノグラフィとして消費」してしまった。あのテロの後で組まれた特別番組の大半が、(報道番組でさえ)退屈な日常に刺激を求める圧倒的多数の他者によってどんな風に「作られ」そして「見られ」たか。それを思い出すと私はほとんど吐き気に襲われるくらいだが、人はそれを「過剰反応」と呼ぶ。

先の記事でも書いたとおり、人間の性善説を信じるほど私は(もう)純真ではない。それでも、私は未来を希望に繋がずにはいられない(未来に希望を繋ぐのではない。未来を希望に繋ぐのだ)。私の眼を国際問題に開かせたのはベルリンの壁の崩壊という「祝典」だったのだから。
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