la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
母という永遠の謎/私は君が代を歌わない
20081119201004
「もし自分の人生に最後の晩餐があるとしたら、何を食べたいですか?」
(愛国心あふれる回答を期待して発せられる質問)

…今日は部屋に実家の母を招いてランチ。実家では兄が禁酒中で大っぴらに飲めないと言うので、昼間からワイン(ただし安いやつ)を開けて。

せっかくの親孝行企画だったはずが母はブルディガラのサンドイッチを下げて現れ、鶴橋で見つけたという沢蟹のキムチ(画像)、手製のじゃこ時雨、切干大根の炊いたの、柚子1コ、と手土産まで頂いてしまった。もちろん嬉しいけど。

て、沢蟹のキムチ。大小さまざまの沢蟹が丸ごとうじゃうじゃと漬けられてます。もちろん殻ごとばりばり喰らうのです。おまけに母は、今度行ったら豚足を買ってみるつもりだと言います。

御歳70に近いというのに(晩婚で父より六歳上)、彼女の冒険はとどまるところを知りません。老いて病を得て何故かますます活動的になり、友人知人を増やし続け、挙句、娘に「休みが取れたら一緒に北欧へ行こう」などと宣います(休み以前に先立つものがありませんて)。

どうやら彼女は、私が迂濶にも胎内に全忘れしてきた社交性とか快活さとかを、これ幸いとフル活用している様子なのです。というのも、「若い頃は内気だった」(自称)らしいので。

まぁ今でこそピータンもブルーチーズもナンプラーも何でもござれの母ですが、昔は「スクランブルエッグ」と称して冷めた「かき玉子」を食卓に供していました(ママン、いま思い出しても泣きそうなほど不味かったよ)。

母親の作る料理を心から「おいしい」と感じ始めたのはようやく二十歳くらいになってから。何のことはない、母がボロボロになった『おそうざい十二ヶ月』とか『毎日の家庭料理』とかと決別して栗原はるみとか山本麗子とか、いわゆる「料理研究家」のレシピを買い始めた頃で、母いわく「うちの料理は美味しくて当たり前やん。本に書いたる通りに作ってんのやから」ということになるのです。

つまり実家の台所では切干大根でさえ計量スプーンを使って調味されているわけで、だから母の作る食事はいつでもとても美味しいけれど、彼女が謙遜を込めて言うことには、それは自分ではなくレシピの手柄なのだそうです。


ということは、私にとっての「おふくろの味」は永遠に、悪夢さながらに冷えて固まったあの「かき玉子」なのでしょうか?


で、「最後の晩餐」に何を食べたいかって?
母は迷わず「パンとチーズ」と言います。私もまた、「黒パンとゴルゴンゾーラ」と言います。できればボルドー右岸の、土の香りのする赤ワインと合わせて。

黒パンはドイツ、ゴルゴンゾーラはイタリア、ボルドーワインはフランス。食の国境は、そんなふうにいとも容易く越えられるのです。

話は母から逸れますが、私は私のアイデンティティを日本に求める気にはなれないのです(白ご飯も好きだけど)。どの国でも国歌斉唱で起立するのは常識? それはそうかもしれません。でも、侵略と虐殺の象徴(百歩譲って、その可能性のあるもの)に敬意を表し続けることは、果たして常識と言えるでしょうか?

だから。
そんなに愛国心を育くみたいのなら、日本は国歌も国旗も新しくすれば良いと思うのです。
心機一転。
未来へ向けての、それだけが建設的な提案だと私は思うのです。
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2008/11/19(水) 20:05:56 | その他 | Trackback(-) | Comment(-)
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