la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
ささやかな、つかのまの…
「生れつきあんな性質を持っていながら、なんだって恋なんかする気になったのでしょうね。」
(『人間ぎらい』モリエール)

私は男嫌いだ。と思う。
もちろん私も人の子であるので、人に好かれるのは嬉しい。人のために何かして「ありがとう」なんか言われると、ああ私にも生きる価値があるんだ、誰かの役に立つんだ、と思えて単純に幸せだ。ただそれは今ある私に対する評価ではなく私の努力に対する評価であって、その文脈は明らかに恋愛の領域では無効だ。今ある私を評価されてしまうと私は変化/向上の意欲をすっかり失ってしまう。愛されていると思うと途端にだらしなく傲慢になる自分を私は自覚している(なら直せ)。その点、仕事の文脈では「認められる=より上を求められる」ということなので、至らないながらも闘志を燃やすことができるのだ。

で、男嫌いだからと言って女好きかというと、別にそんなこともない。しばらく考えて、どうやら私は単なる「人間ぎらい」なのだと結論した(考えるまでもなかった)。

それでモリエールなど読んでいるのだけど(いま第四幕)。

人間ぎらいだと言いながらセルメーヌに夢中なアルセスト。君は人間ぎらいじゃなくただ狭量なだけだ。


たとえば神様を信じることによって世界が(あくまでも主観的な意味で)生きやすくなるのならば、信仰は是だ。

お酒の美味しさによって(これも主観的な意味で)幸福を感じられるのならば、飲酒は是だ…もちろん、他人に迷惑を掛けない範囲ならば。

さて。
試飲会、というのは本来、楽しみのためにやるものではないのだけど。今日、私は楽しむために飲んだ。

きちんと「仕事」として、価格や客層を意識しながら試飲している人がいたこともとても嬉しく心強かったのだけど、今日はそれよりも。

ワインは苦手だったけど今日初めて「あ、美味しい」と思った、と言った人がいた。

パイパー・エドシックの香りを「よ~く干したフトンの匂い」と評した人がいた(鮮やかに、晴れた午後の満ち足りた幸福を私は想起する)。

誰かが、ささやかな、つかのまの幸福の匂いに出会ったということ。

自己の幸福にも増して、私にはそれが嬉しい。

エゴイズムと博愛主義とが両立することが嬉しい。

ジョヴァンニ。
君の思想は決して犠牲的精神ではない。何故なら、君にはそれが君自身の幸福なのだから。

くだらなくも美しい。
セラヴィ、それが人生だ。

追記、免罪符として。
飲みすぎてます。
酔っ払ってます。
くだらなくも美しく…。


あと、最近スパムコメント(?)が激しいので、今後の記事はコメント全拒否させて頂きます…過去の記事に勝手についちゃうコメントに間しては随時削除します。多少不愉快なコメントが人目に触れることもあるとは思いますが、私の意思ではありませんのでご勘弁をm(__)m
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2008/11/15(土) 23:06:35 | ワイン | Trackback(-) | Comment(-)
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