la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
バッドトリップ!
「私の義務は、辛抱強く、偽善的で、かつ謙虚でいること、…」
(『パリの廃墟』ジャック・レダ)

唐突だけれど、あと十歳若かったら、ゴスロリをやってただろうと思う。

テクスチャの上質さに惹かれるのだ。ああいう服は、高価なだけあって非常に仕立てが良い。その生地の質感とか細部の丁寧さとか、そういうものが私を惹きつける。

でも、2007年に横浜美術館で行われたらしい企画展の図版『GOTH』を見ていて、ひどく心が痛んだ。

出品者のことではない。
その企画展のためにストリートで撮影された写真のことだ。それらの写真はどれも、「私ではない存在」を切り取っていた。

死を想う美術、と、図版の編者である木村絵理子は「ゴシック」のメンタリティをそう定義している。けれど巷に溢れているのはひたすらな自己否定のメンタリティ、或いは、現実の自己を封印した上に成り立つ束の間の、そして架空の自己肯定。

そんなにも、君らは「今ある自分」を覆い隠さずにはいられないのか? 理想の殻を纏ったところで、現実は変わりはしない。それでも黒いマニキュアやシャドウで塗り潰さねばならないほど、その現実は、君らにとって受け入れ難いのか?

未だに、ゴス服を着てみたいという欲望はある。けれど冷静に考えてみると、私はそういう服を「着たい」のではなくて、ただ手元に置いて眺めたいだけなのだ。例えばメアリ・マグダレンのクラシカルなワンピースは芸術品だと思う。でも、それは服そのものが芸術なのであって、誰かが着るためのものではないという気がする。

あの生地に触ってみたいとは思うけど、うーん、やっぱり買わないでおこう(実は半年に一度くらい、買ってしまおうかと悩むのだ)。

死を想う美術?

タナトスの女神の気配。けれど、死を想うことは生の証でもある。メメント・モリ、それは確かに、生きている者にしか語ることのできない言葉だ。
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