la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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追想のエチュード/山梨再訪記
「その特権をあなたとともにできることをうれしく思います」
(アーシュラ・K・ル・グイン『所有せざる人々』)



数年ぶりの旅で、飽きもせず山梨へ。
そのくせ今回はワイナリーへは行かず、ひたすら電車に乗る。
車窓からは高原の緑。
木々の間にまだ若い鹿がいて、ひたむきに、まっすぐ、こちらを見つめる。
一瞬、私もひたむきに、まっすぐ、そちらを見つめ返す。

終点まで行って、また引き返す。
保坂和志が、「何も考えない時間」というのは「ひたすら考える時間」に他ならない、とどこかで書いていて(何も考えずにぼーっとする、といっても、人はぼーっとしているあいだ常に何かを考えているのだ、というような話だった)、ああ、本当にそうだなあ、と。

三泊四日。色々と番狂わせもあり、身体的な疲労もあり、途中で「もう一人旅なんか絶対しない」と思ったりもしたのだけれど。
帰りの電車の中で振り返ってみると、良い旅だったな、と思った。

初日のことはここでは省くけれど、二日目、前夜ペンションの人が教えてくれた滝を見に、周遊バスで高原の案内所へ行った。
「迷うようなルートじゃないし、初心者一人でも大丈夫」と案内所の人が請け合ってくれたので(その合間にちらりと私の足元へ視線を落とし、履き古したダンロップのスニーカーを見てもう一度、「大丈夫ですよ」と言ってくれる)、渓谷へ降りることにした。

まずは遊歩道の入り口を間違える。
そして、森の中の案内板が虚空を指しているのに困惑する。
足元を注視しすぎてルートを外れ、巨大な木の根元で行き止まりになる。
何度も引き返してやり直して、これって何だか私の人生を象徴してるよね、と思ったりもして(でも致命的なところまでは行かないから、まあそんな人生も悪くはないんだきっと)。

濃い緑の匂い。
渓流の瀬音。
何とか渓谷の底へ降りると、今度は前夜までひどく降った雨のことが気にかかり、戻るのが遅くなったら案内所の人も心配するんじゃないかとも思い、水遊びはそこそこにして再び、急な斜面を這い登る。
ガイドマップに「木の階段」と書いてあったのが、両手を使わないと登れない(それも傾いていてつるつる滑る)梯子だったりする。
持っていたショルダーバッグを無理やりリュックみたいに背負って、両手両足で、登る。
滑落注意、落石注意。
構うもんか、と思う。
途中で足を滑らせ、「ああ、これは落ちるな」とあきらめて、ほんの1メートルくらいだけど急斜面をズルズル滑り落ちたり。

そんな本格的な登山道がようやく再び「森の小径」に変わる手前のところで、正装した野鳥のお出迎え。
頭から喉もとが黒っぽくて、お腹が真っ白。
胸を張って、いくぶん緊張した感じのソプラノで囀るのが可愛らしくて、しばし足を止めて静聴。やがて、急に他の約束を思い出した人みたいに、パパッと飛び去ってしまう(後から調べたところでは、オオルリだったみたい。瑠璃色の後ろ姿ははっきり見せてもらえなかったけど、慌てて撮ったピンボケの写真で見ると輪郭が逆光を受けてブルーに滲んでいるのが解る)。

そんな登山道で行き合った他の人と、軽い挨拶を交わしてすれ違うのも楽しかった。礼儀正しくおずおずとした、それでもどこか共犯者的な目配せを含んだ会釈(ふだん山歩きなんかしない私だけど、この時だけは「同好の士」だったのだ)。
壮年の男性(一人。心ここにあらず、といった風な夢見がちな微笑を浮かべていた)、六十代くらいのご夫婦(とても仲が良さそう。そして逞しいなあ)、少し年上?の女性(一人。「さっきね、ヘビがいたよ、子どものヘビ。親もどっか近くにいたんだろうね。あ、脅かすつもりじゃないんだけど、ごめんね」)、若い白人のカップル(目が合った瞬間、金髪の女の子のほうが「オハヨウゴザイマス」とはにかんだ挨拶をくれる)。

白樺の森で鶯と蜩が同時に鳴く高原は、関西人にとっては摩訶不思議なワンダーランドだった。鶯=ホーホケキョ=春の訪れ=長閑。蜩=カナカナ=夏の終わり=哀切。そんなイメージが実は文化的に作られた固定観念だったのかと疑いつつ、それでも鶯の声は否応なしに私を長閑な気持ちにさせ、蜩の声は否応なしに私を哀切な気持ちにさせる。結局、高原の風土に同調しきれない自分を持て余した私は、どこか近所にあるペット同伴可のペンションから聞こえてくるはしゃいだ犬たちの吠え声に意識を集中し、うるさいんだけど楽しげだからまあいいや、と、無邪気な様子の生命の凱歌に耳を澄ませた。

今回の旅は、最初から最後まで一人だったわけではなくて、久しぶりに会った友人知人との貴重な時間もあったのだけど(お土産のひとつも持たずに行って、全体的に不義理な連れで申し訳なかったと思う)、まあ、それは書くとしても後日、と書いてしまうとたぶんずっと書かずに終わるだろうけど、その辺のことは一対一でちゃんと伝えよう。
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