la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
アインシュタインと、手の中の消えたコイン
「『人生が何か知ってるか? 癪に触ることが次から次へ起きる、それが人生さ。いや、待った、それは愛だ。…』」
(グレン・デイヴィッド・ゴールド『奇術師カーターの華麗なるフィナーレ』より、端役ジュリアスが娼館で言った台詞)

『奇術師カーターの華麗なるフィナーレ』。
タイトルも派手なら表紙も派手(闇に燃えさかる炎を背景にした奇術師の横顔。尻尾のある赤い悪魔がちょろちょろしているのに混じって小鳥やフクロウやコウモリまでが飛んでいる)。
『戦争と平和』読了直後だったので(堪能しました!すごくすごく面白かった)、いっそあざといくらいのB級娯楽小説が読みたかった。おまけに奇術は子供の頃から大好きだ(プリンセス天功とかこの小説にも出て来るフーディーニみたいな派手なイリュージョンよりは、クローズアップ・マジックと呼ばれるコインやカードを使った“手のマジック”が好きなのだけど)。
なので、ものは試しにと、図書館で上巻だけ借りて帰って来た。
(ちなみに引用した台詞、「しゃくにさわる」は癪に「障る」だと思うのだけど訳文のまま「触る」で引用しておきます)

それが、何だかものすごく面白い。
1923年、奇術師カーターのショウが行われたその晩に、アメリカ大統領が急死する。大統領は「口外無用」として世間に内容を伏せられているショウの第三部でゲストとして舞台に上がり、陰惨な恐怖劇の主役を演じた直後だった…。
物語はそこから始まり、ショウの当日に大統領の警護にあたっていたシークレット・サービスの(うだつの上がらない)中年男が、(若く有能な)上官と共にカーターの取り調べに乗り出す様子が描かれる。

あざといB級娯楽小説としては上々の出だしだ。
けれど、そんな序章に続く「第一章」で、物語は奇術師カーターの少年時代へ一気に巻き戻される。鳥籠を覆ったスカーフがぱっと取り去られ、中にいたはずのオウムがきれいに消え失せているのを見る感じ。

読み手は書き手とともに、ここから少年チャールズ・カーターの日々を追い始める。
ああ、これは、B級娯楽小説なんかじゃない。
A級、というよりミルハウザー級(というのは私が使う限りかなりの大賛辞)だ。
上巻しか借りて来なかったことを早くも悔やみながら、私は彼の人生の途中でたたらを踏んで立ち止まる。

続きが読みたい。
今すぐ読みたい。

でも明日は台風だし、それに、一緒に借りて来た他の四冊も読まなきゃならないし(レイナルド・アレナスの『夜明け前のセレスティーノ』も半分くらい読んでいて、アゴタ・クリストフと似た感じで重たいのだけどなかなか面白い。他に借りたのはエドワード・P・ジョーンズ『地図になかった世界』、写真家マン・レイの評伝、それから90年代のアウトドア・ブームの最中に出版されたMOOK『カヌー入門~正しいカヌーイストになるための本~』。うーん、あまりにも散漫だ)。

もとい、チェス小説がそろそろ頭打ち(小川洋子の『象に乗って猫と泳ぐ』も読んだ。悪くはなかったけどチェスというものを少々、幻想的に描き過ぎているかもしれない)で、私は奇術小説に移行しようかと思案中。

※数日後の述懐。象に乗っては泳がないよね。象を抱いても泳がないよね。猫に乗っても泳がないし。というわけで、正解は『猫を抱いて象と泳ぐ』でした。スミマセン。


この『奇術師カーターの華麗なるフィナーレ』(まだ途中だけど)、単品としてはミルハウザーの短編『幻影師、アイゼンハイム』を抑えて暫定一位(!)。何の一位かって、「極私的奇術小説ランキング」の。
まあ、ミルハウザーについて言えば彼自身が天才奇術師のようなものなので、彼の手にかかると主人公は小説家でも画家でも技師でも、果ては実業家でさえ、これすべて奇術師になってしまう。なので、ミルハウザーの描いた奇術師たちが束になってかかれば、首位奪回は間違いないのだけど。
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大飯原発の再稼働について思うこと。
「どうやってなおせばいいのかわからないものを壊し続けるのはもうやめて下さい」
(セヴァーンカリス・スズキ/1992年の国連でのスピーチ、今日の朝日新聞からの孫引き


今日、母親の快気祝いに(というのは完全に名目で、実際はコーヒーと晩ご飯をたかりに)実家へ帰ってきた。実家へ帰ると自分では取っていない新聞を隅々まで貪り読むのが習慣になっているのだけど、新聞記事というのは大概、次の四種類に分類される。

①気の滅入る話
②正気を疑う話
③どうでもいい話
④無力でひたむきな話

引用した言葉は④に分類されるのだけど、世の中の流れとして、④は結局、うやむやに流されてもっと他の大きな波に飲み込まれて消えてしまうケースが多い。福島の原発事故以来、全国の原発が定期点検のため次々と運転を停止し、基本的に「運転再開はしない」らしい、と知った時、「えっ?」と私は思った。

正直に言って、「原発って、止められるんだ」というのが、無知な私の最初の感慨だった。子供の頃からチェルノブイリとスリーマイルのことを否応なく知ってしまっていた私は、人間には制御しきれないことが明白なそんなエネルギーを使うからには、よほど差し迫った実情があるのだろうと思っていたのだ。

それが、「日本中の原発がすべて停止する」?
可能なんだったら、どうして今まで稼働させていたんだ?

やがて日本中の原発がすべて止まった時のニュースを、私はよく覚えている。NHK-FMに固定されている私の古風な「CDラジカセ」から、ラジオニュース独特の淡々とした声で「…で、全国のすべての原発が停止することになります」と聞こえてきた時、私は思わず笑ってしまった。

何だ、原発って止められるんだ。

もちろん、それによる打撃は小さなものではないのだろう。
けれど、「生きること」の本質としては、原発による電力供給を受けての肥大した資本主義社会をいっそう肥大させることより、原発事故による汚染によって人の生命や環境や農業・漁業が受ける壊滅的な打撃を回避することのほうが、よほど大切なのじゃないか。

言っても仕方のないことを言えば、最初からそんな危うい、手に負えないエネルギーなど、使わなければ良かったのに。

…今、「何を理想とし、何を『是』とし、そのために何を犠牲にするか」ということの判断基準が、大きく揺らいでいると思う。節電や計画停電によって損なわれるものと、一基の原子炉のメルトダウンによって損なわれるものと。どちらを選んだとしても、「損なわれるもの」は厳然とそこにある。けれど、人間の「欲」をエネルギー源として稼働し膨張してきたこの「恵まれた」社会の、ひとつの臨界点がここにあるのじゃないだろうか。

大飯原発の再稼働、もちろん、私は大反対だ。
たとえ自分が熱中症で死ぬことになっても、多くの活断層が走る地域で「両刃の剣」たる原発を再稼働させる=ひとたび事故が起これば「近畿の水瓶」たるびわ湖が汚染されることは間違いない(そもそも今まで平気で稼働してたことにぞっとする)=よりは、ずっといい。

私が自分の生命にそれほど執着していない、ということはまあ認めるけれど、そうでなくても、「原発は危険だ」ということを世界の共通認識にするには、チェルノブイリ、スリーマイル、フクシマ、この三つの固有名詞を挙げればもう充分じゃないかと思う。

だって、もともと無くても人類は生きてきたでしょう?
そして、破綻して真っ先に/深刻な被害を受けるのは、常に「弱き者」でしょう?

だから私は節電をするのだ。
反原発派の人にさえ笑われたことがある。たった一人の消費する電力なんてたかが知れているのだから、個人がいくら節電したってそんなに電力消費量が減るわけじゃない、と。それでも、私は「原発なんていらない」ということを証明したくて節電するのだ。

福島の原発事故で、人間にはそれを「どうやってなおせばいいのかわからない」のだ、ということは既に明白になっている(というより、チェルノブイリの時点で解っていたことだ。そしてスリーマイルで駄目押しされたようなもの、さらに福島の事故でもう疑いようはない、というところまで来たはずなのに)。

それでも、人間はまだ認めないのだろうか。

自分こそが自然の支配者であり、征服者であると、頑なに信じ続けるのだろうか。

奢るのもいい加減にしなければ、と、思う今宵。
私は今年も、ほとんどストライキのように、節電するつもり。
書を携え、湖(うみ)へ出よう
「いつでも遊びに励め。人生には締め切りがあるのだ。」
(野田知佑の言葉/出典不明)

高校生の頃、カヌーイストである野田知佑のエッセイをずいぶん読んだ。
徹底したインドア志向で体力もなければ根性もなく、運動神経など生まれる前から麻痺していた私が、何を思ってそんなものを読み始めたのかは解らない。
それでも本当に夢中になって読んだし、心底、憧れもした。

カヤックに犬を乗せて世界中の川を旅する。
憧れというのはもちろん、自分もそういうことをしてみたい、という意味での憧れだ。「タフで素敵な男性だわ」という意味の憧れでは、全然、ない。
けれど、それはいつも「男に生まれたかった」という不毛な願望(※)に行きついてしまい、余計に息苦しさが増すだけの読書体験になった。そのうち私の選ぶ本は海外の古典文学や詩集や解りもしない哲学書に変わってゆき、いつしか、川下りや野田知佑のことはすっかり忘れ去っていたのだけれど。

※もちろん、「男に生まれてさえいれば」アウトドア志向で体力も根性もあり運動神経がまともに機能していたかというと、今なら自信を持って「否」と言える。なので、私が女に生まれたのは、この「前近代的現代日本」においてはきっと幸運なことだったのだろう(このポテンシャルで男に生まれていたら絶対「男のクセに」と言われる社会だ)。

さて、私とカヤックとの運命の再会は昨年のこと、と言ってももちろん乗ったわけではなく、ちょっと前に触れたことのある梨木香歩のエッセイ『水辺にて』を手に取った瞬間だった。

その本に綴られていたのは、カヤックで漕ぎ出す水辺=ウォーターランドのこと。静謐で、そのくせ生命の物音に満ちていて、限りなく広がる宇宙のこと。

そうだったのか、と思った。
十代の頃あんなに私を魅了したのは、実は「冒険」ではなかったのだ。
もしかすると「旅」でさえなかったかもしれない。
多分それは水辺の風景、水辺の音やその匂い、そして生命の気配だったのだ。

小説家でなければ惣菜屋になりたかった、と語っているらしい梨木香歩の文章は、どこか高山なおみ(の料理)に似ている。滋養、という言葉は梨木香歩をたとえるには少し泥くさいけれど、「飾り気のない澄んだ伸びやかさ」とでも言うのだろうか、心に身体に、すうっと染み込んでくるのだ。そして、いつもは胸の奥底のしまわれて忘れられている感覚が、網に捕えられてぐうっと引き上げられる感じ。意識の領域に浮かび上がるというのではなく、外からの、引き上げる力をダイレクトに感じるのがすごい。

そうだったのか、と再び思う。
カヤックというのは何も、辺境を旅したり激流を下ったりするための道具じゃないのだ。梨木香歩が書いている通り、「人の毎日の営みの延長線上の工夫で、ちょっと水面に出てみた」、という、そういうものなのだ。

もちろん、ボートなのだからそれなりに大きいし重さもある。車がなければ移動は困難だ。けれど、調べてみると最軽量のファルト(=ファルトボート、折りたたみ式のカヤック)なら総重量12キロ。私には比較するものがお米くらいしかないのだけど、「お米よりちょっと重いくらい」だと思えば、私にも少しは担いで歩けるだろう。それに、車がなくても、公共の交通機関を使ってファルトを楽しんでいる人は結構いるらしい。

そんなわけで、今年、私はカヤックデビューを決意した。

いつか近い将来、自分のカヤックでびわ湖を漕ぐのだ。
漕ぐったら漕ぐのだ。
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