la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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ライブハウスで、紫煙の向こうに
ポスターだらけの壁にもたれて、紫煙に紛れてモスコミュールを飲みながら、サンタラを聴く。
昨日はそんな感じで、とても幸せな時間を過ごした。
大人みたい。いや、大人だけど。

そして、うちに帰ってから、自分が飲んでいたのがどう考えてもモスコミュールじゃなかったことに気がついた。透明だったし炭酸入ってなかったし、アルコールけっこう強かったし、いま思うとジンの香りがした。ジンライムみたいだったけど、浮かんでいたのはレモンの薄切り。
何でうちに帰るまで気づかなかったんだろう、と考えてみたけれど、たぶん、それがサンタラの音楽にとても良く似合うお酒だったからだろう。
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ハナシクイの食卓

「2のパンに3のパティをのせて(好みでケチャップをつける)はさむ。」
(おおつぼほまれ『ハッピーサンドイッチ』)

ハナシクイ。
鼻獅喰い、伝説上の生き物(鵺みたいな)の名前…ではなく、ハナ・シクイ、中東のとある女性の名前…でもなく、ハナ=シ=クイ、遊牧民自治区にある小さな町(定住している人もいる)の名前…でもない。

されど空想は楽しく果てしなく、私の中では砂塵と煉瓦と白茶けたテントからなる砂漠の町ハナ=シ=クイの物語がみるみる膨張してゆく。

まあその物語はさておいて、実はハナシクイは「話食い」で、一般的に大阪弁で「他人の話にすぐとびつく人」というような意味らしい(他人の話に割り込んでくる人、という説もある)。「阿呆の話食い」という諺(?)は、「愚か者は人の話をきくと、自分の力量も考えずすぐに実行したがる」、つまり、誰かが金鉱を掘りあてたと聞くといきなりつるはしを担いで家を飛び出すような人のことを言うのだろう(いつの時代の喩えだ)。

その意味で言えば、私は「話食い」ではない。けれど、私は今の今まで「食べ物の話を聞くとどうしてもそれが食べたくなってしまうこと」を「話食い」と呼ぶのだと思い込んでいた(それ故の今回のタイトル)。

きのう職場の人が、サンドイッチの本を貸してくれたのだ。載っている百数十種のレシピがこれすべてサンドイッチという、私にとってはミシュランガイドやギィ・ド・アシェットよりも魅惑的な本。

パン好きの私は、当然ながらサンドイッチ好きだ。それも、目の詰まったドイツ系の黒パンを薄く切って豚肉のパテとピクルスを挟むとかいう、マニアックなやつがいちばん好きだ(おまけにピクルスの銘柄については「マイユは酸味が強すぎるしヘングステンベルクは甘すぎるので、絶対にキューネでなくてはならない」などと呆れるほどの我儘ぶりを発揮する)。

著者はかつてニューヨークに住んでいたそうで、載っているのはヨーロッパ系のサンドイッチよりアメリカ系のホットドッグやハンバーガーがメイン。これがまた、美味しそうなのだ。

うっとりと写真を眺め(こんなに高さのあるハンバーガーどうやって食べるんだろう)、小説を読むようにしてレシピを熟読する(最後は必ずハッピーエンド)。
これはもう今日の夕食はハンバーガーしかないだろう、と思い、むかし村上春樹のレシピに載っていた「まともなハンバーガー」をこの本のレシピを借りて再び作るべく(村上春樹は苦手だけど、「まともなハンバーガー」だけはそのネーミングに込められた皮肉ともども私のお気に入り)、買い物に出掛けた。

スーパーにもパン屋にもハンバーガーバンズが売ってないことに憤慨し(けしからぬ)、結局パスコの「超熟ロール」で代用することにして(薄甘いヘタなバンズよりはむしろましか)、黄色いフレンチマスタードを買うべきか否か思案してやめ(うちにある粒マスタードで良かろう)、ピクルスはヘングステンベルクしか置いてなかったので断固として拒み、挽肉とトマトとアボカドを買い求め、うちに帰って「まともなハンバーガー」を作って食べた。

特に「料理をした」と言えるほどのことはしていない。挽肉のパティを焼き、野菜を洗って切り、パンに挟んだだけだ。

それが実に、実に、美味かった。
それが、ハナシクイの食卓の物語。
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