la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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哲学者たちの肖像
「誰が誰に対して戦っているのか? われわれは、すべての人々に対立するすべての人々と戦っているのです。」
(桜井哲夫『フーコー 知と権力』より、ミシェル・フーコーの言葉)

哲学というものは、考えても解るはずのないことをぐだぐだ考え続ける学問だと思っていた。

「私とは何か?」とか。
「人間とは何か?」とか。

神学と同じ、証明不可能な「真実」を、難解な用語を連ねて語る分野だと思っていた。

けれど、違う。

哲学はあくまでも生きるための問いであって、真実ではなく現実を問い続ける学問なのだ。

哲学者たちは、ひたすらに問う。問いへの答えは新たな問いを生む。彼らの脳は、無数の「何故」を追う終わりのない旅をしているのだ。

私とは何か、を問う時、そこで追われる「何故」は自己の内部にある。だが近代以降、内部は外部なしにはあり得ないということが、ようやく説かれるようになった。

そうして社会へ、歴史へ、科学へ、彼らの脳は開かれてゆく。私とは何かを問い続けることは、私を作り、規定し、保護し、或いは攻撃する、この外部を問うことに繋がってゆく。

近代的主体という幸福な幻想が否定されたことは、外部への問いの本格的な始まりだった。
哲学は神と決別し、真実を求めることをやめた。人間を解体し、概念を解体し、やがていっそう貪欲に、「この現実」を解体し始めた。

ミシェル・フーコーは、そういう時代の幕を開けたのだ。

と思うよ。
よう知らんけど。

哲学ってすごいね。


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hello, it's me (2011年の抱負)
「羊のまねをする者は狼に食べられるのよ」
(チェーザレ・パヴェーゼ『美しい夏』)

2011年。
月面に基地は作られていないし、
車が空を飛んでもいないし、
終末戦争も(まだ)起こっていない。

それでも2011年。

今年の座右の銘は引用の通り。
もっとも、パヴェーゼはこの『美しい夏』がストレーガ賞を受賞した2ヶ月後に服薬自殺しているから、あまりおめでたくはない引用なのだけど。

2011年。
やたらと牙をむいて羊を脅かすつもりはないし、
夜な夜な遠吠えをして人様の眠りを妨げるつもりもないし。
もちろん今年は言わずもがな、卯年だ。

それでも2011年、極私的には「狼年」で行こうと思う。

新年、ちょっと遅くなりましたが、勝手にそんな決意をしてます。
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