la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
たとい、死の影の谷を歩むとも (2010年に向けて)
「光あるうちに光の中を歩め」
(レフ・トルストイ)

実を言うと、私はロシア文学が大好きなのに今までトルストイを読んだことがない。『戦争と平和』くらい読まなきゃいけないと思うのだけど、どうも抹香くさいというか(キリスト教だから抹香はないか)、教条的なイメージが強いので敬遠しているのだ。

この「光あるうちに光の中を歩め」というフレーズも、光はいつまでも射してるものじゃないんだぞ、神の教えに従うなら今のうちだぞ、という、何やら脅迫めいた響きを持っている。

でも、ここは敢えて曲解しようと思うのだ。

光はいつまでも射してるものじゃない。確かにそうなのだろう。だから、それはそれで認めて納得してしまうとして、でもとにかく今は、射している光があるのだ。

どこかから射してくる光があってそこへ向かって歩いてゆく、というのではなく、今ここに降り注いでいる光の中を、歩いてゆくということ。

どこへ向かってかは知らない。でも今は、それを問うことはやめよう。

希望とか幸福とかそういうもののメタファーではなく、ただ「明るさ」「あたたかさ」としての光。その中を歩めることを、素直に喜ぼう。

そして、光の中でこそこう謳うのだ、「たとい死の影の谷を歩むとも、禍を恐れじ。汝、我とともにいませばなり」と。
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寝取られ夫ヨセフについて。
「あゝベツレヘムよ などかひとり/星のみ匂いて 深く眠る/知らずや今宵 暗き空に/常世の光の 照りわたるを」
(クリスマスの讃美歌)

紀元0年12月。
雪に沈むベツレヘムの街。
救い主イエス・キリストの誕生を、その街はまだ知らない。
やがて、最初の報せが、名もなき羊飼いたちにもたらされる…。

それが物語の始まり。
いいね、赤い星が輝きわたり天使の歌が響きわたり。喜びの予感に満ちたとびきりの序曲。

でも、マリアがほんとに聖霊によって身籠ったのならイエスの誕生にヨセフは関係ないわけで、それじゃどうしてイエスの系図はヨセフの血筋を遡るんだろうね。

ともあれ、メリィ・クリスマス。

このブログを振り返ると去年はベランダの野菜を鳥に食べられていて、一昨年はテグジュペリの飛行機の模型を貰って喜んでいて、さきおととしは玉ねぎを刻んでいたみたい。

今年はジャンクフードとシャンパンで物憂げなパーティを。食べ物が不味いので程よく盛り下がる(それはそれで楽しい)。

そして、シャンパンの最後の一口はとても切ない。美しくて不実な恋人の腕の中にいる気持ち(今だけは私のもの)。不幸なような、幸福なような。

備忘録として、飲んだのは大定番モエのブリュット・アンペリアル(ハーフボトルだったから私の飲酒量は200mlにも満たなくて、そうなると私はこういう日を「休肝日」に数えてしまうのだけど、それよりそれでもちゃんと眠れたことの方に自分では驚いている)。

そんなこんなで、もいちどメリィ・クリスマス。
ジェイルバード、歌え!
You never know dear, how much I loved you.
(『You are my sunshine』Jimmie Davis and Charles Mitchell)

You are my sunshine,
君は僕の太陽だ。

この歌が失恋の歌だと知ったのは、わりと最近のこと。ずっとサビの部分しか知らなかったので、能天気な幸せラブソングだと思っていた。曲調が曲調だしね。

コーエン兄弟の映画『オー・ブラザー!』を観て、音楽が良いなと思って(あ、映画自体も面白かったけど)、サウンドトラックを買った時のことだ。

英語はろくに喋れないけど英語の歌はよく聴くので、簡単なフレーズなら少しは聞き取れる。

それで、あ、失恋の歌なんだ、と気づいた。恋人の心がもう自分の上にはなくて、そのことはちゃんと解っているのにそれでも訴えかけずにはいられない、そんな歌。

「君が知ることは決してないんだ、ねえ、僕がどれほど君を愛していたか。」

伝わればいいね。

いろんなことが、ちゃんと伝わればいい。
不安とか、疑いとか、妬みとか、苛立ちとか、そういうものから自由になれればいい。

そうすれば、日々はもっと、緩やかであたたかいものになるだろう。
縺れた糸を、ゆっくり解いてゆくこと
「私は、かなしくてしあわせでかなしかった。」
(『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』高山なおみ)

読んだことがあったかどうか定かではなくて、何の気なしに買って帰った本。巻末に小さなレシピブックがついていて、食べものにまつわる軽いエッセイ、くらいに思っていた。

その日の夜に読み始めて、半分くらいまで読んだところで突然ぼろぼろ涙が出てきたので動揺した。

日々の出来事、眠っているときに見た夢のこと、記憶の中にある風景や言葉やシーンや人々、それから映画や音楽のことを、そっと丁寧に綴ってある本だ。それほど強く感情を揺さぶるような読み物ではないはずだったので、心が無防備だった。

私は本を閉じてベッドにもぐりこんで毛布をひっかぶってぼろぼろ涙をこぼして、そうしていると本当に「ぼろぼろ」としか言いようがないくらい後から後から涙が出てきて、 私はそのまま、わけもわからずただ押し流されるようにしてしばらく泣いた。

「かなしみ」と「しあわせ」を一緒に煮溶かした、蜂蜜みたいな、懐かしくて儚い、琥珀色のキラキラした光の感じ。

グールド、カラックス、タルコフスキー。私の大好きな人の名前が出てくる。この人の料理は前々から好きだなと思っていて、ああそれは当たり前のことだったんだ、と納得した。自分の感情が共鳴するのがわかるのだ。

この人は、かなしみをちゃんと抱きしめられる人だ。
そして、しあわせをちゃんと噛みしめられる人だ。


最近めっきり台所に立つことがなくなっているけれど、今度本屋さんに行ったらこの人のレシピを買って来よう、と思った。
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