la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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マックス・ピカートとの終わらない対話(嘘)
マックス・ピカートはきっとぜんぜん喋らないからね。
始まらない対話は終わることもないわけで。
今のとこ、沈黙に含まれる情報量のとてつもない多さに翻弄されている私は、脳味噌を休ませるために静寂より室内楽を必要としているわけで。

関係ないけど昨日は11月の第三木曜日、つまりボジョレー・ヌーヴォーの解禁日。
「高いわりに美味しくない」あのヌーヴォーの解禁日だ。
それの何が嬉しいんだ今更、って、11月の第三木曜日は私にとっては「収穫感謝の日」なのだ。今年も葡萄畑で葡萄が熟して、(たとえ補糖されまくっていようが、ともかく)その葡萄から無事ワインが造られた、ということを確かめる、きわめて喜ばしい日なのだ。

南半球の収穫期は日本の春先にあたるから、もう夏前にはチリとか南アフリカの新酒が地味に解禁されてるんだけど。

でも、ここから「2009年ヴィンテージ」が始まる、という意識が、やっぱりどこかにあるわけで。

そのことを実感するために「11月の第三木曜日」があるのだ、と私は思っている。

だから、私は今年もヌーヴォーを飲む(マコンの白ヌーヴォーだけどね)。
「'09」つまり「ゼロキュー」と呼ばれるようになる今年のワインへの、期待と感謝とを込めて。
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シャンソンドールの早い挫折(笑)
…無理っす。
あらがえません、この至福。
大事です。


だから神様、もうちょっと待ってね。
シャンソンドールの苦い生活
「永遠を願うなら 一度だけ抱きしめて その手から離せばいい」
(Cocco『樹海の糸』)

本の読みすぎだ、知識の詰め込みすぎだ、考えすぎだ、と言われて、近ごろなるべく本を読まないように、ものを考えないようにしていた。

無知であること、無力であることの快感を噛みしめていたのは事実だ。けれど、それが次第に私の感覚を淀ませ、鈍化させてゆくことに、気づかないわけにはいかない。

ローズリキュールで染めた砂糖菓子を、欲しくもないのにひとつ、またひとつ、そっと口の中に押し込まれる日々。

私は何も言わずにただ微笑している。何かを言おうとすれば、その言葉が命取りになるような気がして。

(あなたはわたしを絶望の手から奪った、けれど同時に、わたし自身の手からも奪おうとしている。)

私にとって、読むことは呼吸と同じ(無意識的で必要不可欠)。
考えることは食べることと同じ(意識的で必要不可欠)。
そして、語ることは生きること(苦痛に満ちてはいるけれど、避けて通れないもの)。

たぶん、私はまた同じ過ちを繰り返そうとしていたのだ。「望まれる歌を歌う」という…。

いいのか?
それが私の望むことか?

「考えて、考えて、問いつめる心」。
ジェイン・エアの生真面目さで、私は再び考え始める。

薔薇色の砂糖菓子はあまりにも少女趣味で、私には似合わない。

だから、私は私を語り直そう。怖れずに、まっすぐに、他者へ向けて。

できるか?
…解らない。
でも、やらなきゃ、と思う。

語ることをやめてしまえば、後には語られる自分しか残らない。
主体は圧殺され、無力な客体だけが生き延びる。事実とは微妙に、そして決定的に異なるィメージだけが。

だから幸福と引き換えに、私は私を取り戻そう。

ごめんね。

それでもまだ、この小さな反逆をどうにかして許して貰おう、認めて貰おう、と思っている自分がいる。

ほんと、わがままなのかもしれない。子供なのかもしれない。

それでも。
シャンソンドールの甘い生活
君の心を癒せるのなら、どんな歌でも歌ってあげる。
大丈夫。
君はもう、怖い夢なんて見ない。
その鉄錆色の痛みを私に預けて、今夜は安心しておやすみ。
無意味の意味を問う無意味
「彼らはみな一定の段階での神と人間の経験を語っているのであり、それぞれ固有の仕方で、世界の証人となるのである」
(ヴァーツラフ・ハヴェル『オルガへの手紙』/アレクセイ・コドレスク『外部の消失 亡命へのマニフェスト』より孫引き)

政治的あるいは宗教的思想信条の相違。
極私的人間関係において、それが致命的な問題だと思ったことはなかったのに。

強い拒絶と反発の気配が、ざわりと首筋を撫でた。
議論はもはや口論ですらなく、無為より悪い苛立ちと敵意のうちに、時間がじりじりとすり減ってゆく。

「私にはそういう考え方は受け入れられない」と、私は言ったのだ。決して、「あなたの考え方は間違っている」と言ったわけではない。その違いを、どうしても相手に伝えることができなかった。

チェコスロヴァキア(後にチェコ共和国)の大統領を務めたヴァーツラフ・ハヴェルは、就任以前、獄中から妻に宛てた書簡にこう綴っている。「折衷主義については、わたしはどんな怖れももっていない」。「ダーウィンをキリストと、マルクスをハイデッカーと、あるいはプラトンを仏陀と和解させようと試みるのは、愚かで不可能で、また全く無意味と思われる」。

けれど、口論の相手が「折衷主義」も「不可知論」も嫌うだろうということは解っていた。

焼けた砂を噛むような、強い焦燥感。
この議論はこれ以上続けるべきじゃない。

同じフィールドにさえ立てないままの辛いやり取りの末、私は疲れ果てて口をつぐんだ。

これ以上続けるべきじゃない、というよりは、そもそも始めるべきじゃなかったのだ。

幸い、議論は唐突に投げ捨てられた。

けれど、今もまだ、ぷっつりと途切れた議論の切れ端が、どこかに漂っている気がする。

つまり「語りえぬものについては沈黙せよ」(ヴィトゲンシュタイン)、それが今回の教訓だ。
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