la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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呼吸すらままならぬ夜(俳句挫折)
「気持ちが変わるのは/いままで見えなかったものが/……見えてくるからだ」
(萩尾望都『フラワー・フェスティバル』)

うん。
そうだね。
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Go-getter wants all or nothing makes me helpless.
「自我が複数となったとき、存在の孤独が始まる。見る自分と見られる自分は、同じ自分でありながら交わることがない。二つの自我は、それぞれに別種の孤独を抱えて生きてゆくことになる。」
(『タルコフスキー映画 永遠への郷愁』馬場広信)

…そっか。
大抵の人にとって主体と客体とは一致しているものだと思ってたけど、そうでもないのか。

私が耐え難いと思い続けてきた齟齬や乖離は、ちゃんと語られ考察され、私の大好きな映画監督(アンドレイ・タルコフスキー)を論じるときにこうやって明文化されるほど、少なからぬ人々に意識されてきたものなんだな。

少し、生きてくってことに安心したんだ、うん。


あ、タイトルは本文とは関係なく、英訳俳句風独白です。正しい英語かどうかは知りません(笑)
暮れがたの愁思の窓にギター鳴る
「walk this way, Hi, hello again.」
(AIR『Walk This Way』)

懐かしい声。
少し息のまじる、優しくて乾いた声。
小さなランプのぼんやりした光が、暗い室内の空気を柔らかく緩めている。

顔は見えないけれど、挽きたてのコーヒーとか風とか砂とかを連想させるその歌声と、楽器をいとおしむように奏でる仕草とで、あの人だ、と解る。

楽器はたぶんアコースティック・ギター。水平に寝かせて置いたギターを、不思議なやりかたで弾く。
時折、ぎゅうん、と、コードまるごとのグリッサンド。空間が心地よく揺らぐ。
愛するものと愛されるものとの、満ち足りたひととき(この場合、彼と楽器の、そして彼と音楽の)。

ラップトップのお粗末なスピーカで聴いたYouTubeの録音(録画)だったのだけど。

途上国の孤児院でギターを教えるというのは何とも彼らしいし、そういうところも嫌いではない。けれど、もっと歌を聴かせてほしい、と思うのだ。またレコード会社と契約してライヴをやってCDを出してほしい、というのじゃなく、ただ、歌を聴かせてほしい。

実をいうと特に歌の巧い人だと思ったことはないのだけど、この人が緩いテンポの曲を呟くように歌うときの、その声が好きだ。

数年ぶりに『Usual tone of voice』を聴きたくなったのだけど、誰かに貸したんだっけ、あげたんだっけ、それとも売ってしまったんだっけ。
誓へども虚しき心地す神無月
前回「死にたい」とか物騒なことを書いたのだけど、どうもこれは「死にたい」というほど積極的な情動ではなくて、「うっかりすると、つい死んでしまいそう」というのが正しいらしい。たとえば「ちょっと柵を超えたら100メートルまっさかさま」みたいなところへ近寄ったりすると、ぷらっと、ごく気軽に、その柵を越えてしまいそうな感じなのだ。

そのくせ、そういう感じがあんまり暗いものでも重いものでも痛いものでもなくて、割にあっさりしている。それを自分で不思議に思うかというとそんなこともなくて、私は「死ぬ」ということのあれこれについてずっと考えていた。もちろん死ぬことの意味とか死後の生とかではなくて、もっぱら死にかたと死んだあとの身の回りのこととか。

そういう具体的なことは考えれば考えるほど克明に、生々しく、「死」の手触りを確かにしてゆくのだけれど、リアルになるというのは私にとってはかなり興醒めなものだというのがよく解った。

昨日から今日までの間のある瞬間にふとバカバカしくなって、私は結局、死について考えるのをやめてしまったのだ。

あーあ。
木犀の香の厭わしく夜鳥啼く
秋の空が、無駄に青い。

どことなくプラスティックを思わせる夏の明るい青とは違って、ほんの少し透明度を増し、深さを増し、こちらの魂をすうっと吸いこんでしまいそうな色をしている。

そのうえ金木犀の香りが空気をすっかり金色に染め上げてしまって、秋というと赤や茶色の印象があるはずなのに私の目には何故か、なめらかな群青色を背景に金のスプレー塗料をまき散らしたようなイメージが見えている。

それで、締め切った窓の内側にまで金色の霧が忍び込んでくるのが厭わしくて、私は子供のように甘え、駄々をこね、最後にはとうとう泣き出してしまう。

何も、悪いことなど起こってやしないのに。

何だか、魂が自分の身体を抜け出したがっているのを感じる。
これは旅心ではない、と、強い不安とともに私は悟る。
とても良く似てはいるけれども、絶対に違う。
もちろん、お馴染みの郷愁でもない。

なんてことだ、私はどうやら死にたいのらしい。
さほどの閉塞感も切迫感もなしに、ただぼんやりと、消えてしまいたい気持でいるらしい。

何も、悪いことなど、起こってやしないのに。
レギンスも防寒具となり齢三十
20091006213429
いやはや。
実家に帰ったら何だか熱っぽくて、一度はかったら平熱だったんだけど、その一時間後にどうにも寒気がしてもいちどはかったら、38.2度だって。

今までならとりあえず寝て治したんだけど、新型インフルエンザのかしましい昨今のこと、慌ててタクシーで救急病院に行きました。でもインフルエンザの反応って発熱後何時間か経たないと出ないんだそうで、さっさと家に帰されちゃって。

翌日、もいちど検査に行って結果はマイナス。でも発熱は発熱なんで母親が嬉々として看病してくれるのが有り難くもあり窮屈でもあり。(画像は発熱翌朝の朝食。ルームサービスでした)

でも38.2度あったのが夕食直前で、私は寒気と関節痛以上に空腹に苦しんでいて、救急病院に電話したら今すぐ来いって言われたのに「ちょっといま動ける状態じゃないんで」って、しっかりごはん食べてからタクシー呼びました。

動けなかったのは熱のせいじゃなく空腹のせいです、はい。当直の先生ゴメンナサイ。

久々にブログにあほな話題を書けて幸せです。今は熱も下がって、残った咳をだましだまし。父親の自家製水餃子とか新物の秋刀魚なんか食べて、あとはひたすら寝て寝て寝て。

明日は休んだ分を取り戻すために出勤します(うちの職場は日曜&水曜休みなんだけど)。

迷惑&心配かけた皆様、ゴメンナサイ。もう大丈夫だよ!
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