la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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狐花ねむりねむりて風も止み
眠る。
ひたすら眠る。
いちにちじゅう眠り続ける。

ぼんやりと目を覚ましてはまたとろとろと、ぬるく淀んだ眠りの中に引き戻される。
カーテン越しに秋の冷めた日差し。
切れ切れの夢。
切れ切れの悪夢。

痛みが身体の奥から染み出して、疲労と倦怠を滲ませながら蒸散してゆく。
眠っても眠ってもとめどなく。絶望の涙のように音もなく。

軽い痺れの残った身体は銀色の気泡を上へ上へと紡ぎながら、水の底へと沈んでゆく。
水底へ、夢の裏側へ、世界の淵へ。

そんなふうに私は眠る。
癒すように、逃れるように、忘れるように。
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夏去りて夢か現つか擦過傷
会社というのは大人が仕事をするために集まる場所であるはずだ。
もちろん大人と言っても実に様々な人が集まっているわけで、そのうえ仕事では気の合う相手とだけ付き合っていれば良いというわけにも行かないので、いろいろ軋轢が生じたりするのは止むを得ないとしても、仕事を円滑に進めましょうね、という基本的合意はあるはずだ。

そう。それが社会であるはずだ。

それなのに、人間というのは幾つになっても悪口と噂話からは逃れられないのだなあ、と思う。私は悪口とか噂話が大嫌いなのだけれど、それは道徳や善悪ということを前提にしての話ではなく(それも多少はあるにしろ)、ここで問題にしたいのは別のこと、つまり、情報に対する無防備さと無責任さだ。

いわば、実生活におけるメディアリテラシー。

たとえばテレビ局がデータを捏造して番組を盛り上げて、それが暴露されても、私は驚かない。他の番組だって多かれ少なかれ似たようなことをやってるだろうと思う。報道番組でさえ日に日にバラエティ化していく昨今だ(先日の選挙の開票速報など、見ていて昔日の「料理の鉄人」を思い出したくらいだ)。そして、誇張と捏造の間には対して大きな差はないと、私は思う。

悪口や噂話に興じる人たちは、誰も正面きって「本当のこと」を確かめようとしない。根拠のない伝聞でしかない情報を無批判に鵜呑みにする。そのくせ、悪口を言われている本人に助言したり忠告したりはしないし、噂されている本人に事実を確認したりはしない。

常に誇張や捏造の可能性を含んでいるにも関わらず、テレビの情報をまったく疑わないのと同じで。

情報には、必ず何らかのバイアスがかかっているものだ。
そのことを自覚し注意深く接していなければ、私たちは簡単に目を眩まされてしまう。
根拠のない情報を鵜呑みにするというのは、それは個人の愚かさの問題だ(思想の形成とか、或いは思想を形成することの阻害とか、本当に怖いのはそういうことなのだけれど、今そのテーマは私の手には負えないのでうっちゃっておく)。けれども、無根拠な情報を吹聴するというのは、これははっきりと「迷惑行為」だ。

本当は、これはもっと具体的で個人的な話題なのだけど。
つまり、当事者を巧妙に迂回して広まる噂話の迷惑、ということ。

(実体の見えない情報を捕まえ、その正体を見極めろ。)

そんなことに関わり合ってる余裕もないんだけど、他人事じゃあないからね。
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