la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
君の目が語るすべての言葉を
「正直に申しますとそうなのですよ、ロチェスターさま」
(『ジェイン・エア』シャーロット・ブロンテ)

なんて胸躍るお話!
決して皮肉ではなく、『ジェイン・エア』に対する素直な感嘆として。

何より主人公ジェインの造形が素晴らしい。聡明で理性的で率直で、活き活きとして強靭で。

これは相当「可愛くない女」だ。大して器量良しではない(ジェイン本人は自分を「無器量」だと認識している)。そして頭が良すぎる。住み込みの家庭教師としてロチェスター邸に来た当初から、頑固だわ生意気だわプライドは高いわで、挙げ句、普通なら幸福のあまり有頂天になっていて然るべき夜に、誰にも告げずロチェスターを捨てて出て行ってしまう。

熱烈な恋愛の最中にも我を忘れずにいる女。ロチェスターを強く強く愛していながら、決してそのために世界を見誤ったり見失ったりしない女。その鉄壁の自制心ときたら!

おまけに、ジェインはやがてかなりの財産と完全な自由意志による選択権とを手にして、再びロチェスターの前に現れる。一方のロチェスターはと言うと、かつて飛び去った小鳥の面影を記憶の中に追い続ける、哀れな隠居の身の上だ。

そう、貧しい孤児のジェインがお金持ちのロチェスター卿と結婚するのでは駄目なのだ。それはハーレクイン・ロマンスの領分だ。だからこそ、シャーロット・ブロンテは彼女にソーンフィールドを去らせた。この卓抜した魂に、ロチェスターに「選ばれる」幸福ではなくロチェスターを「選ぶ」至福を与えるために。

何だか意地の悪い分析をしてしまったけれど、ほんとに面白い物語だった。言ってしまえば一人の女の子が成長して恋をして結婚する、というだけの物語なんだけど。少なくとも、ジェイン・エアはひたむきに生きている。『1Q84』の彼らのように、ただ物語に動かされるだけの存在ではない。彼らよりはるかに強く、自分の運命を切り開いてゆく。

明確な意志を持ち、それを貫くということ。正体不明の謎と闘うのではなく、自分自身のありかたと闘うこと。

ジェイン・エア。
いい女だよ、まったく。

追記、ところで、この物語を好んで読む男性ってどのくらいいるんだろう?
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デストピアまで何マイル?
「(日本では)ニヒリズムが現実への反逆よりもむしろ順応として機能することが少なくない。(中略)たとえば世界は不条理だという命題は、世はままならぬもの、という形で庶民の昔からの常識になっている。」
(『日本の思想』丸山真男)

村上春樹の『1Q84』。
非常に不愉快。

オーウェルの『1984』は私にとって、ブラッドベリの『華氏451度』と双壁を成すデストピア小説だ。世界の確かな手触り(つまり現実)と、抑圧と恐怖と闘争(そして理想)を描いた物語だ。

そんな場所に、この『1Q84』はとても並べられない(実家の母は「アイキュー八十四て、アタマ悪い人の話?」とのたまった。ウケた)。

今回引用したのは、たまたま再読していた丸山真男の『日本の思想』。そうか、と思った。村上春樹のスタンスは、まさにこの「反逆ではなく順応として機能するニヒリズム」なのだ、と。

村上春樹の小説は、とにかくいつも曖昧だ。曖昧な現実と曖昧な非現実とは、どう交錯したところで何も生み出しはしない(何故ならすべてが曖昧だから)。曖昧な世界には曖昧な意識しか生まれず、登場人物たちはただその曖昧さに身を委ねたまま、何もしようとしない。

青豆も天吾も、何をそんなに物分かり良く諦めているの?

反逆ではなく順応として機能するニヒリズム。
怖い怖い。
かつて村上春樹の小説を「ソフトなナショナリズムだ」と評した島田雅彦に、あらためて、拍手(最近この人は何をしてるのだろう? 初期の短編は下品なりに明晰で好きだったなぁ)。
断崖絶壁で、自虐的スリルに浸ること(と、その致命的な意味合いについて)
「好奇心、猫を殺す」
(英語の格言)

七月。前日の雨を含んでしっとりと濃い緑。吸い込むだけで窒息してしまいそうなほど密度の高い空気。

いつもと同じだ。
毎年、夏の気配はそんなふうに重たげに満ちてくる。そしてそれを迎える私の方は、うんざりした目つきでもって夏との不和を宣言する、のが常だったのだけど。

繰り返し体験される季節の中で、まだ「生まれて初めて」抱く感情があるなんて思ってもみなかった。周囲の環境とそれに対峙する自分の感情のパターンくらい、もう把握できていると思っていた(もちろん冷静に対処できるかどうかはさておき)。

何だろう、頭の芯をバーナーで焙られるような? 喉の奥を氷塊で塞がれるような? 月並みな比喩のバリエーションを用いるなら、心臓を素手でじわじわ締めつけられるような?

いや、いっそ使い倒された月並みそのものの比喩こそ相応しい…「息が詰まるような」。

無茶だ。
これ以上、こんな負荷に耐えられるわけがない。

ゆっくりと、注意深く、後ずさりをしよう。
下を見るな。
決して見るな。
考えるな、そして、無駄な希望を抱くな。
つまり好奇心に殺される前に、好奇心を殺せ。

退路はたぶん、既に断たれている。それでも、試みるべきは前進ではなく後退なのだ。
慎重に。
間違っても落石なんか起こさないように。

ああもう、どうすりゃ良いんだ! 誰か助けて。それかいっそ突き落として。
なんて言ってはみるけど、大丈夫。いつもと勝手は違うけど、きっと逃げられる。

はぁ。
憂鬱でも倦怠でもなく純粋な恐怖と向き合うのは、もしかすると、これが初めてかもしれない。
…、もやもや?
プラム酒、さっき見たらなんか白いもやもやが舞ってるんですが。

…失敗?

ということで、私にプラム酒を振る舞われそうになったらご注意。
腹を壊させようという罠かも知れませんので。
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