la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
調和の霊感/午後の音楽とその名残り
先週、月に一度集まっているオカリナ・アンサンブルの、初のミニコンサートがあった。と言ってもメンバー三人の他はソロ二人&聴衆一人という、実にミニマムな会合(演奏会というよりは内輪の発表会)。

アンサンブルは主婦とOL(一応私のこと)と女子高生、という奇態な組み合わせで、まだグループ名すらついていない。バロック音楽をオカリナ用に編曲して演奏するという試みをしていて、バロックの古風で謎めいたハーモニーが意外なほどオカリナの音色に合うことに、自分たちでも驚いている段階。

今回の演奏曲目はジャイルズ・ファーナビーの小品『夢・休息・ユーモア』の三部作と、フィオレンティーノ・マスケーラの『器楽のためのカンツォーナ』。

どちらもまだまだ拙い演奏だったけど、音楽を共有する楽しさは最高だった。皆がピッタリ合っていれば、そこには素晴らしいハーモニーが生まれる。もし誰かが間違えても大丈夫、音楽は途切れずに続くから、次の休符で呼吸を整え、タイミングを合わせて戻ればいい。

オカリナという楽器は焼き物なので、ひとつひとつ音色が違う。メーカーが違えば運指まで違ったりする。私のは「ティアーモ」のアルトC管。やや硬質な音色で高音が綺麗に響くのだけど、ピッチ(音程)が少し高いのが難点。アンサンブルの他の二人はどちらも「ナイト」のオカリナなので(特にご自宅でオカリナ教室をされているOさんのは「フィオレット」という高級品で、柔らかで表情豊かな音色が素晴らしい)、合わせる時は呼吸を抑えるのにひと苦労(オカリナは強く吹くと音量ではなく音程が上がってしまう)。

でもそんな風にして響く和音はとても綺麗で、基本的に協調性のない私にも「人と合わせる」ことの大切さが実感できる。

つまり目的さえ共有できれば、努力や自制は決して難しいことではないのだ。仕事も生活も同じだなぁ、としみじみ思う。

ソロのお二人も慣れない場に緊張しながら、練習してきた曲、大好きな曲を披露して下さいました。もちろんアンサンブル・メンバーのソロも(緊張した!)あり。

最近はなかなか自分の時間が取れないのだけど、いろんな個性のあるオカリナの音色を生で聴いたり自分で演奏したりする機会があることを、すごく幸せに感じた。

今はバッハの大好きなフーガを地道に編曲中。オカリナでは音域が足りないと諦めていた曲だけど、三つのパートでフォローし合えば充分、原曲の雰囲気を再現できそう。難曲になりそうですがアンサンブルの皆様、よろしく!
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無人島のセオリー
僕の胸に湧き立ったすべてのものよ、再び底に沈んでしまえ!」
(『ファウスト』ツルゲーネフ)


『ファウスト』だけどゲーテではなくツルゲーネフ。

誰かから聞いた小咄に「無人島に男二人と女一人が漂着したらどうなるか」というのがあって、「イタリア人なら三人で仲良くする。フランス人なら女は好きな方の男と結婚してもう一人と浮気する。ロシア人なら女は嫌いな方の男と結婚して三人とも浜辺で延々と嘆き悲しむ」。確か日本でのオチは「日本人なら、男二人が愚痴を言い合って女は浜辺でその下着を洗う」だったっけ。

けだしロシア文学の三要素は「センチメンタルな男性」「エキセントリックな女性」「アンハッピーエンド」で、夏目漱石って同じ傾向だなぁと思いながらツルゲーネフを読んだ。 センチメンタルには大してバリエーションはないけど(せいぜいが裕福か貧しいかの違いくらい)、エキセントリックには色々ある。圧巻なのは『白痴』(ドストエフスキー)のナスターシャだけど、『片恋』(ツルゲーネフ)のアーシャもなかなか鮮烈。

この『片恋』と『ファウスト』が一冊になった新潮文庫、なかなか美しくリリカルな文章で(翻訳者は「ドストエフスキーはこの人の訳じゃなきゃ読む気がしない」米川正夫)、読んでいて心地良かった。悪くない本だ。うむ。

追記、忙しくても本を読む時間は取れるのだけど(食事と睡眠と同じレベルで必要不可欠だから)、考える時間と書く時間が取れなくてフラストレーション蓄積中。関係ないけど「無人島に一冊だけ持って行くとしたらどの本?」と訊かれたら、私は迷わず「植物図鑑」と答える。サバイバルだもんね。
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