la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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頼りないけど、宣戦布告
「たとえ少ししか進めなくとも、せめて倒れることだけはまぬがれるだろう、…」
(ルネ・デカルト『方法序説』/エリザベス・レッドファーンのミステリ『天球の調べ』より孫引き)

去年の私ならかなり共感したはずの言葉。確かにそうだ、いつでも細心の注意を払って少しずつ手探りで進むならば、転倒せずにいることは可能だ。

でも私は、既に今年の座銘を「見る前に跳べ」と規定してしまった。鬱期に見れば何とも不穏な言葉(!)だけれど、今のところ、私はこの「見る前に跳べ」をプラスの意味で捉えている。

だから、もう、びくびくするのはやめようと思うのだ。たとえ暗闇の中であろうと、とにかく思いきって行動してみようと思うのだ。

自分が動けば、嫌でも他人とぶつかる。他人は忌々しげに悪態を吐くだろう。その悪態に私はいちいち動揺するだろう。でも、私には私の、守るべき領土がある。

無理解、無思慮、無神経。子供じみた見栄や悪口。もうたくさんだ、見えないところでやってくれ。

相手が不可侵条約を拒むのなら、交戦あるのみだ。私は私の刃を捨てたわけじゃない(ただ無闇とそれを振り回すのをやめただけ)。必要とあらばいつだって、戦う準備はできている。

喧嘩上等。
今なら言える。

たぶん、私は強くなったのだろう。他人が望む程度に。そして、他人が怯む程度に。
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悪夢のヴァリエテ
酔っぱらうとロクなこと書かないんだから、もう。

けだし私はアルコール依存症で、飲まずに眠ると物凄い悪夢を見る。どこか遠くから響いてくる得体の知れない金属音、下の方から崩れてくる無限回廊、エレベーターの中の死体(血が紫色)。笑えるところでは、アッパードラッグでラリってるゴキゲンな川平慈英に脳外科手術をされそうになったり。

とにかくシナリオも装置も衣装も、それに音響も特殊効果も、ハリウッドそこのけです。俳優だけは金髪のスクリーミング女優というわけには参りませんが(もっぱら私主演なので)、完全無欠にして完全無償の極上のエンターテイメントです。ホラー好きの皆様、ぜひ一度いかがですか?

大丈夫、時間になれば携帯電話のアラームが必ず助け出してくれます。間に合いますよ、たぶん、きっと。

それでは、おやすみなさい。ごゆっくり…。
甘い毒薬/翻意の代償
某作家氏が「トラバタる」という動詞を用いる状況に、認めたくはないが、今の私はある。恋愛至上主義社会のマイノリティだと豪語しながら、実は私は片想いの達人だ。

好き好き大好き。

傍にいると安心する。いないと落ち着かない。それは恋愛ではなく依存だという言い逃れがどこまで通用するだろう? 恋愛は間違いなく依存の一形態だ…。

気まぐれに他の人の顔を見に出掛け、元気だけ分けて貰って、また片想いに戻る。好き好き大好き。

思うに私は恋愛に興味がないのではなく、恋愛の成就に興味がないのだ。或いはそれは程度の問題でもあるかもしれない。恋愛の領域には「ほどほど」という概念がなくて、それが私を怯ませる。たぶん私は、無償の全肯定には猜疑をもってしか応対できない。慎重で曖昧な留保の状態にしか安堵を見い出せない。

私に可能な恋愛があるとしたら、それはこんな風だ。好きだけど、愛してはいない。好かれたいけど、愛されたいとは思わない。

おそらく、この文章に仕掛けられた暗号を解ける人はいないだろう(タイトルの示す病を指摘できてなおかつ、大根のガスパチョを三十秒で作ることは可能かという問いに即答できる人がいたら、あなたは私のソウルメイトです)。

ブログって良いね。
パブリックとプライベートとの絶妙な間隙。

馬鹿です、はい。
度々の言い訳ですみませんが、酔ってるんです。

ああ、さっさと病院に行かなくちゃ。このブログが文学ともワインとも離れてメンタルヘルス系になってしまわないうちに。
ラディカル・ヒストリィ・ツアー
「シーオの眼を国際問題に開かせたのは九・一一の同時多発攻撃であり、それはまた、友達と家庭とミュージック・シーンのほかの出来事も自分の存在に関わってくるのだという事実をシーオが受け入れた瞬間でもあった。当時のシーオは十六で、いささか遅蒔きのようにも思われた。」
(『土曜日』イアン・マキューアン)


世の中には、二十歳をとうに過ぎても「国際問題」なんかまるで意識しない人がたくさんいる。アメリカの新大統領に芸能リポーター的興味をしか持たない人とか。どこかで続いている戦争について「私は平和な国に生まれて幸せ」とか、そんなようなことしか呟かない人とか。禁を犯してふたつめの引用をすると、「目を閉ざしたままで生きることは容易い」(ビートルズの『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー』から)。

もとい。
私の眼を国際問題に開かせたのは、1989年の11月の出来事だった。
子供時代の私がブラウン管を通して初めて歴史や社会というものを体感した、あの忘れがたい事件。
テレビというものがあの瞬間ほど輝かしい事件を映し出したことは、私の記憶にある限りではそれまで一度もなかったし、それから今日まで一度もなかった(尤も私がテレビを見なくなってもう二、三年は経つけれど)。

1989年11月。
ベルリンの壁の崩壊。
当時の自分がベルリンの壁の意味を、その崩壊の意味を、ろくに理解していなかったのは確かだ。けれど、あのテレビの映像は今でもはっきりと、完全無欠な祝典のイメージとして眼に焼きついている。

それから月日を経て東西ドイツは統一され、冷戦もまた幕を閉じた。
すべては過去の物語だ。
けれど、今に至るまで、歴史は変わらず輝かしさとは無縁な出来事を繰り返している。

湾岸戦争の空爆のTV中継にただ漠然とした非現実感を味わった人々は、九・一一のテロを、誰かが冷徹に評した通り「ポルノグラフィとして消費」してしまった。あのテロの後で組まれた特別番組の大半が、(報道番組でさえ)退屈な日常に刺激を求める圧倒的多数の他者によってどんな風に「作られ」そして「見られ」たか。それを思い出すと私はほとんど吐き気に襲われるくらいだが、人はそれを「過剰反応」と呼ぶ。

先の記事でも書いたとおり、人間の性善説を信じるほど私は(もう)純真ではない。それでも、私は未来を希望に繋がずにはいられない(未来に希望を繋ぐのではない。未来を希望に繋ぐのだ)。私の眼を国際問題に開かせたのはベルリンの壁の崩壊という「祝典」だったのだから。
鬱(ウツ)と現(ウツツ)の振幅
「汝はより良く生きることを信条とするや否や?」

(ブルゴーニュの「利き酒の騎士」の叙勲式で、叙勲者に求められる三つの誓約のひとつ。福本秀子、古賀守の共著『ワイン小咄』によると、あとの二つは「汝はブルゴーニュワインを一生飲み続けるや否や」「汝はブルゴーニュワインの世界的発展に貢献するや否や」)


少し前まで私は、人は誰でも「より善きもの」への志向を持っているものだと思い込んでいた(何をもって善とするかまでを問題にするとややこしくなるので大らかにご理解ください)。
でも、どうやらそうじゃないらしい。

人って、ずいぶんと意地悪で残酷なんだねえ。

自分に向けられる刃なら立ち向かいようもあるけど(刺し違えるのは得意)、他人を庇う術をまだ私は体得できずにいる(そりゃそうだよ、いつだって自分で手一杯だったんだから)。

2009年、そんな幕開けです。
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