la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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十月の階梯(オクトーバー・ステップス)

「(他の者たちは図書館と呼んでいるが)宇宙は、真ん中に大きな換気孔があり、きわめて低い手すりで囲まれた、不定数の、おそらく無限数の六角形の回廊で成り立っている。」
(『バベルの図書館』ホルヘ・ルイス・ボルヘス)


昨夜、旅の夢を見た、と思う。
この部屋では時折、こと静かな夜には少し離れた線路を走る列車の音が聞こえるので。
たぶんそのせいで。

pass・・・by, pass・・・by,
from noWhere to noWhere・・・through nowHere,

向かう先がどこであれ、そこには夜明けが待っている。
夜から・・・朝へ。今日から・・・明日へ。
夜を過ぎて。ここを過ぎて。
(私は声を上げようと息を吸う、途端、甘い郷愁の匂いが私の胸を塞ぐ。一瞬の追憶。思慕、ためらい。その驚きがまだ私を去らない間に、列車の音は遠ざかり、消えてゆく。
静寂・・・ざわめき・・・そしてまた静寂。私は夜の中に取り残される。)
車窓、パサージュ、煉瓦の壁の記憶。
カーテンの向こうを横切る影、バレリーナのチュチュ。
砂糖菓子のファサード。
ああ、ここは異国の街だ。
[十月の階梯(オクトーバー・ステップス)]の続きを読む
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膝についた砂を払って
「You've got to be strong now」
(ジェームズ・イハのCDアルバム『レット・イット・カム・ダウン』より『ビー・ストロング・ナウ』の歌詞の一部)


「強いなと思とったけど弱いな」と言われた。

たぶん私が(その人に対して)強がるのをやめつつあって素直に弱音を吐いたりしたせいで、それは私の信頼と甘えの表現なのだけど(稀有なことだ!)、けれども強がるのをやめるというのは強くあろうとする努力をもやめてしまう結果になるので、私にとっては好ましくない傾向だ。

だから、ここらで軌道修正を。

素直じゃない。可愛くない。私にとってはそれが賛辞だ。確かに弱さを見せれば他人は安心する。たまには優しくもしてくれる。
でも私は、甘やかされることを望まない。私が「素直じゃない」ことに舌打ちする人がいることは解っている。でも、田村キョウコが歌っていたように、私は「自分で歩きたいだけなんだ」。

いつかきっと、「弱いと思とったけど強いな」と言わせてやる。
夜汽車は通過する。「ここは駅ではない」と
ここでの公表が遅くなりましたが、ワインアドバイザー試験、無事合格しました。
労り、励まし、檄を飛ばして下さった方々、本当にありがとうございました。
一緒にブラインド特訓して一緒に合格したN女史、お互いこの資格を活かせるよう、これからも頑張りましょう!

とは言うものの。

今日は試練の一日でした。大阪のホテルでの試飲会。しかもブースを構えているのは現地(フランス)の生産者&ネゴシアンのみ。

うひぃ。私なんかの来る所じゃないよ、ココ。

資格を取ったからと言って私の生来の性格が変わるわけはなく、不安と緊張のあまり手のひらは汗だくで身体はぶるぶる震え、飛び交うフランス語と行き交うフランス人にパニック寸前、ボンジューの一言も口にする度胸は無く。
そうこうするうち鉄の棒でじわじわ圧迫されるような陰湿な胃痛に気が遠くなり…。

疲れました。はい。私はまだまだ世間知らずのお子様です。

案内役のI氏に同行されていた方。ずっと側について世話を焼いて頂いたにも関わらず、名刺も渡していなかったことに帰ってから気づきました。私が顧客の立場でおまけに急遽の代役だったから親切に通訳&ガイドして頂けたものの、社会人としてかなり無様でした。はい。

帰る間際、優しい笑顔で私にも手を差し延べて下さったミレイユ・ベルトランさんに、何とか「メルシィ」と言えたことだけが救い(ちなみに父方の大叔母だったか父のはとこの母御だったか、妖精のようにエレガントに年齢を重ねて亡くなった遠縁の老女性に似ていました。最初にご夫君のアンドレ・ベルトランさんと握手をした時、固まって口を開けなかった私に、横から声は出さず唇の動きだけで(ボンジュー)と伝えてくれた素敵な女性)。

やっぱり、ワインはそれを造る人を映す鏡だ、と思う。ムッシュ&マダム・ベルトランのワインは優しさと幸福に満ちていた。ビオワインだと聞いたのは後になってからだけど(ビオロジックかビオディナミかそこまでは聞いてない)、私の「手の届かない理想」が、そこには確実にあった。

というわけで、今日はゆっくり自信喪失します。この対人恐怖症が今日でピークだったことを祈ります。

ジュ・シ・ファティーグ(「ワタシハツカレマシタ」、カポーティの小説『草の竪琴』で黒人の召使いキャサリンが知っていた唯一のフランス語)。
メルシィ&ゴメンナサイ。
そして、ボン・ニュイ。
ジャケ仕入れの功。
20081014204311
過日、販促会議であまりの可愛さに歓声が起きたワイン。
私が見つけたワインではない。「このルックスがあれば(中身がどうであれ)絶対に売れる」と些か不純な気持ちで賛成票を投じたものの、ガメイという品種を危ぶんでいたのは確かだ。
ところが。自分でも可愛さにあらがえず、また上司の「美味しかった!」との証言もあって、買って飲んでみたら…これがすごく美味しかったのだ。育ちの良さを伺わせる、食べ頃の苺とかのふんわり豊かな果実香。舌ざわりは軽々となめらかで、とても素直な味わい。疲れた体にもすうっと染み込む伸びやかな優しさ。しかもガメイのクセに(失礼)澱が出てるのがまた、きちんと造られている証拠のように思えて…。全体として、赤とかピンクの花を束ねた愛らしいミニブーケのイメージ。

ピクニックには断然リースリングだと思ってたけど、このワインも「無敵のピクニックワイン」に仲間入り決定。

ショップへのリンク→は残念ながらありません(アフィリエイト嫌い)。

でも、どこかで見掛けたらぜひ一度お試し下さい。
黒いカクテルの後味
「それもまた、次にすることを捜すために、世界を飛び回っている忙しい魂なのだ。」
(『砂漠の車輪、ぶらんこの月』ジョナサン・キャロル)


失明間際に「年齢を重ねてからの自分の姿を見ておきたい」と思いついた男、ノーマン・バイザー。彼は早速メイクアップ・アーティストとカメラマンを雇い、十年後、二十年後、三十年後…という想定で自分の姿を撮影させる。ところが、それらの写真を現像してみると…。

途中まで読んで、「何も写っていないか骸骨か何かが写っていたかのどちらかで、この短編はバイザーの死が近いことを暗示して終わるんだろうな」と思った。

それが裏切られたとき、私はやっと、ジョナサン・キャロルという作家を「面白い短編を書く作家」だと認識した(遅い)。

小説に関してだけ言えば、私は裏切られるのが大好きだ。世の中には裏切りの天才とも呼ぶべき作家がいて(例えばフレドリック・ブラウン)、このジョナサン・キャロルもまたそれに当たる。 ただしこの作家の裏切り方は、(ブラウンとは違って)決して派手などんでん返しではない。意表をつく着想で不意に「現実」の手触りを変えてしまうのだ。「指がなぜ五本なのか考えたことはあるか?」というような質問に、まったく想定外の解答が用意されている。

『砂漠の車輪、ぶらんこの月』というタイトルのイメージ通り、読後に残るのは静寂と孤独とそこに差す白い月明かり。ところが、巻末の桜庭一樹の解説に「これもまた、凶悪」と書かれていて驚いた。

「凶悪」? いったいこの短編のどこが? これはキャロルの短編の中ではかなりひっそりしたイメージで、二文字で表すなら「寂寥」だろうと思う。 バイザーの心にあるのは優しさと孤独(その故に、彼は他者との関わり方をすべて相手に委ねてしまっている)だ。何が「凶悪」なのか、さっぱり解らない。

数年前、コーネルの箱を見て嬉しそうに「シュールだ」と呟いた人をその瞬間に嫌いになったことを思い出す。

いや、仮にも直木賞作家たる桜庭一樹が「凶悪」だと言うのなら、もしかすると凶悪な何かがこの物語には含まれているのかもしれない。
けれど、私にはそれを読み取ることができない。
桜庭一樹の評にも、大声で異を唱えたい。

何故なら、この短編の最後の一文が、冒頭に引用したものだからだ。
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