la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
クリクーシカの夏休み
「動く指は書き、書き終わりて去る…」
(確かW.B.イェイツの詩の一節)

当分のあいだ更新しないと思いますが、お気遣い等なさいませんように。

「旅に出ます探さないで下さい」と書きたいけどそれは嘘で、むしろ思考の旅を中断する感じ。

重いものを持ち上げようとして力を込める瞬間って、息、止めますよね。

それです、多分。
秋には再開します、多分。
スポンサーサイト
クリクーシカ、今こそ君の歌を聴こう
「我々は常に選択し続けねばならないのだ、…」
(G.R.R.マーティン『フィーヴァードリーム』

言うなれば、我々には常に選択の余地があるということだ。何を捨てて何を取るかは我々の手に、いとも容易く委ねられている。

他人の生命を奪うという選択さえ、自らの生命を捨てる気になりさえすれば簡単なのだ。

死刑制度が犯罪の抑止になるというおめでたい幻想からは、そろそろ覚めねばならない時期だろう。

今や他者の生命と同じほどに、いやそれ以上に、自己の生命は軽いのだ。
ベイビィ・ラブズ・トゥ・ラン
小咄。

社長から食事に付き合うよう言われた社員A。
「すみません、実は酷いアレルギーがありまして、外食はダメなんです」
「ほう。何のアレルギーだね」
「…社長アレルギーです」ちゃんちゃん。

いや、書きたいのはそんな下らない話じゃないんですが。

ねえ。そうでしょう?
貴方に「空気を読め」と言う誰かが、かつて一度でも貴方の空気を読もうとしたことがあります?

結局「空気を読め」って、語彙力表現力伝達力の無さをさも聞き手の欠点であるかのように思わせる、ケチな権力者の理屈ですよね。

ただの責任転嫁じゃん、と私は思うわけです。そういうことを言う人に限って、「責任転換」なんていう間違った言葉を平気で使うし。あと「固定概念」とか。言ってて気づきそうなもんなのに、ああ恥ずかしい。
もちろん、以心伝心は別に悪いことじゃない(伝えたいことがうまく言葉にならない時、相手が魔法みたいにぱっと理解してくれた瞬間のあの驚きと安堵と喜び!)。でもそれは、社会の上下関係の中で一方的に強要されてはならないものだと思う。

私の思想的潔癖症は近ごろ自閉という末期症状を呈しつつあるけれど、私はまだまだ諦めない。言葉を尽くして対話することを。勝ち負けの口論ではなく、理解と一致と次善の策とを求める議論を。

(それにしてももう少し感情を抑えなきゃ、ただ腹を立ててるだけだと思われるナ。)

あぁあ、結局ブログに仕事の愚痴を書いちゃった。愚痴ついでに言うと、私はいつまで「女のコ」よばわりされるんだろ。「女のコ」というのが紛れもない蔑称だってことを、彼ら/彼女らが理解することはないんだろう。んで、またまたついでに言うと、女性社員はホステスじゃない(何でこんな前近代的なこと今さら!)。

明日の昼休みは絶対ふくれっ面でいよう、私。
何が何を引き止める?
「僕の永遠の魂よ、/希願は守り続けよ/空しい夜と烈火の昼が/たとい辛くも。」
(アルチュール・ランボー『うわごと』より、自詩「永遠」の改作?)

文学好きの人々にとってランボーは十代の、リルケは二十代のバイブルなのだそうで、十代の頃に何の感慨も持てなかったランボーを今ごろ「かっこいいじゃん」と思い始めた私がリルケに共感できるのは、つまり三十代の終わりなのかしらん。

ところで私は、今年の座右の銘を『モンテ・クリスト伯』の有名な台詞「待て、而して希望せよ」と定めていた。最近それを忘れて自暴自棄になっていたところに天啓のごとく降ってきたのが、今回引用したランボーの言葉。

占いとか前世とか虫の知らせとか、そういうものを私は信じない。図書館の神様とか今回の天啓だって、本気で信じてるわけじゃない。「図書館の神様」なんて言ってても、ものの十冊も本を読めば道標のひとつやふたつは見つかるのが当然だと思う(注、コンタクトをしてないと不思議な生きものが見えたりはするけど、それだって一瞬の錯覚からわざと想像して勝手に怖がってるだけです。エイプリル・フールでもないのに嘘記事書いてスミマセン)。

ただ私が信じるのは、人間には膨大なノイズの中から本当に必要な情報をすくい上げる力があるのだということ。星占いにしても、誰にでも当てはまるような語彙の中から、人はちゃんと自分自身へのメッセージを受け取るのだということ。

そういう能力がはたらくということは、私にもまだまだ「うまくやって行こう」という意志があるらしい。だからこそ辛いのかもしれないけど、だからこそ努力ができるのだろう。

うん、今はこの雨の音を鬱陶しいとは思わないんだ。ちょっと懆状態なのかもしれないけど、鬱よりはマシだな。

もっと降れ。あの人の心ない一言を、キレイに洗い流してしまえ。

明日はきっと、今日よりいい日になる。本気で信じちゃいないけど、そのための努力はちゃんとするつもり。
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。