la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
春待ち。
部屋が尋常でなく寒い。何やら良からぬ胸騒ぎと衝動が私の中で渦巻く。

近所のスーパーにフキノトウが出ていて、ふき味噌を作ってみたらアク抜きが甘くて酷く苦い。

まだ春は遠いのだ、と思う。こんな夜には読むべき本も聴くべき音楽も何もない。

もちろん、飲むべきワインも。
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夢路より帰りて
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はい。またしてもシモン・ビーズです。

サヴィニィ・レ・ボーヌの、レ・ブルジョ2003。シモン・ビーズ大好き!と言えるほど私は他のボーヌを知らないのですが、日本に入って来やすい造り手さんなので、出無精の私にも縁があるというわけ。

今回のこれは、近所の酒屋さんが閉店セールで「2000円以上のワイン全品20%引き」というのをやっていて(小さな酒屋さんなのだけど徒歩圏内で唯一まともにワイン選びができたお店。淋しい。閉めるんなら私が死んでからにして欲しかった)、そこで見つけてつい買ってしまったもの。

別に何のイベントでもなく、部屋で一人飲みです。

グラスに注いだ途端に赤いベリーの香りがぱぁっと来て、これこれ、ブルゴーニュはやっぱこうでなくちゃ。それと雨上がりの湿った気配、あと、まだ若いのに獣っぽい香りもして。

口に含むと、顎の関節がきゅっとするような可愛らしい酸味。後からふわっと甘い果実味が来て、舌の奥に軽くタンニンを引くようにしてすべっていく。

野生のグミを思わせる気持ちのいい後味がずっと残って、ああ、いいワインだなぁ、としみじみ。

でもこれ、実は抜栓三日め(今日)のコメントなのです。

そう言えば、以前同じ造り手の違うワインを飲んだ時も、似たような印象だったっけ。

抜栓直後は気難しく沈黙していて、決してベリーの香りなんか放ってくれなかった。前のは控えめなはにかみ屋さん、という感じだったけど、こっちはもっと頑なだった(たぶん畑の違いというよりヴィンテージの差)。

ああ、つくづくいいワインだ。

歌で言えば、「生業の愁いは跡もなく消えゆけば/夢路より帰り来よ」という感じ。

はい。誰もが学校で習う、フォスターの「夢路より」です。原詞も訳詞も大好きなこの曲を、僭越ながらシモン・ビーズに捧げたいと思います(大真面目)。
レジスタンスの心得
「敗北の布石は終わった。さあ、戦争を始めよう。」(「負け戦の天才」の墓碑銘)

昔、とある国のとある広場に、立派な将軍の銅像が立っておりました。
三度にわたる戦火をくぐり抜け、五度にわたる議会の取り壊し決議を免れたその銅像の台座には、流麗な書体で「負け戦の天才」と刻まれています。

像の落成から遡ること数十年。霧煙る早朝、角笛の音と共に、この「負け戦の天才」は「残虐王」の率いる百万の軍勢に無謀な戦いを挑んだのでした。

彼はそこで散々な敗北を喫しましたが、それでも、自軍の二倍の損害を敵に与えました。故に、彼は「負け戦の天才」と呼ばれるようになったのです。

言い伝えによると、彼の墓碑銘は出陣の朝に彼が呟いた言葉なのだそうですが、いったい誰がそれを聞いていたのでしょうか。

その合戦での王軍の死者は二名でした。一人は行軍中に石につまづいて落馬し、不運にも味方の馬に蹴殺された者。もう一人ははるか後陣の飯炊き兵で、王の朝食のじゃが芋を充分に茹でていなかったかどで打ち首にされた者。

対して、「負け戦の天才」率いる叛軍の死者はたった一名でした。百万の軍勢と戦って、ただの一名です。
それは他ならぬ負け戦の天才、姿のない味方を鼓舞しつつ単身で王軍に切り込んだ、彼自身でした。

そんな彼の銅像を広場に建て、議会が取り壊しを決議する度に署名を集めて反対してきた町の人々は、実にユーモアのセンスに富んでいると言う他ありません。

けれども、彼が成し遂げた本当の偉業は、その犬死にではなく…。

大袈裟な宣戦布告で「残虐王」に百万の軍勢を率いさせ、その王が好んだ無益な殺生を二、三日のあいだ食い止めたことだったのです。

今日、彼の銅像に花輪を捧げる人々ですら、そのことにはまだ気付いていないのですが…。
そして(氷の海を)船は行く
「たぶん俺にとって、人生ってのはただ生きてくってことでいいのかもな。」
(『ソラニン』浅野いにお)


ソラニン。
じゃがいもの芽に含まれる毒素の名前。
そして、「ただ生きてくってこと」を描いた、この漫画のタイトル。

たとえば、種田を失った芽衣子は初め、いなくなった種田に向かって「ずるいよ」と独白する。けれど最後のモノローグでは、芽衣子は種田に「ちょっとだけ/ごめんって思う」。そのふたつの瞬間、芽衣子にとって「ただ生きてくってこと」は鮮明に対極の意味を持っている。つまり、そこで意識されているのは「ただ生きてくってこと」の苦痛の中に一人で残された自分と、「ただ生きてくってこと」の幸福の中に一人で残った自分と。

たとえば。
ラストで(ビリーこと)山田に「大丈夫か?」と訊かれて、芽衣子は緩やかに笑って言う。
「……ま、きっと、どーにかやるさ。」
それが「ただ生きてくってこと」に対する、芽衣子の答え。
それが『ソラニン』の結末。

そして、それは「ただ生きてくってこと」に対する、私の答えでもある。

悔しいな、と思う。
こんな漫画を描ける人がいるなんて。
浅野いにおは、他の作品を読んでも少しもいいと思わなかったのに、この『ソラニン』だけは別だった。まあ、私自身は漫画を描こうなんて思ったこともなくて(絵を描くのは嫌いじゃないけどデッサンが壊滅的に下手くそ)、悔しいと思ういわれなんて全然ないのだけど。
メランコリイの妙(な)薬
豚の生姜焼き、千切りキャベツ、春菊と揚げのみそ汁、菜の花の辛子和え。

今日は散々な一日だったけれど、少なくとも、散々な終わり方だけはしないみたいだ。
今、私に必要なもの
「料理には魔力がある。」
(『キッチン・コンフィデンシャル』アンソニー・ボーデイン)


面白い。べらぼうに面白い。
この『キッチン・コンフィデンシャル』はプロの料理人、それもアメリカのトップクラスのシェフが赤裸々に描く、暴走ノンストップ厨房遍歴だ。非常にアメリカンな、頂上とどん底とその周辺で生きる人々の物語(ノンフィクション)。容赦のない内情暴露にレストランで食事をする気はすっかり失せるが、善意も悪意もとことんオープンなのでいっそ爽快だ。月曜日に魚料理は食うな。ムール貝のワイン蒸しは決して頼むな(私の大好物なのに!)。ブランチメニューは避けろ。エトセトラ、エトセトラ。

アルコールとドラッグとセックスとロックンロールがごちゃまぜに渦巻く厨房で、彼らはフランベの炎で換気扇を焦がす。大声で悪態を吐き、下ネタ限定でエスプリを競い、怪我をした時はなるべく派手に血を撒き散らす。ブリア・サヴァランの美食学や斉須政雄の語る“コート・ドール”やポール・ボキューズの料理哲学なんかとは懸け離れた戦場で、数々のすばらしい逸品が「でっちあげ」られる。

何故だろう?
顔をしかめて本を閉じることが、私にはできない。
時間の経つのも忘れて、ペーパー・バック風に装丁されたその本を貪るように読んでいる。

気がつくと無闇とキッチンに立ちたくなっていて、それも、豪快にフランベなどしたくなっている。実は私は生まれてこのかたフランベというものを試したことがないのだけど(怖い!)。母親は料理酒のアルコールを飛ばすのに鍋をちょいと傾けていとも簡単にガスの火を移していたけれど(うまく行かない時はマッチで火をつけていた)、私にとってフランベは料理における「バカの壁」だ。

そう、今の私に必要なのは時間でも金でもない。
とりあえずは一本のシェフナイフ(手にしっくり馴染む)。それから、フタ付きの小さなスキレットだ。
それさえあれば、私にももっと上手く魔法が使える(はず)。

確かに、料理には魔力がある。
おまけに、それは決して抗えない魔力だ。

数日前、急にビーフシチューが食べたくなった私はためらった挙句にスーパーで「ルー」なるものを購入した。けれど、この本を読み終えた今、私の欲求は「ビーフシチューが食べたい」から明らかに、「ブイヨンと赤ワインからデミグラスソースを作ってみたい」に変わっている。

まったく、傍迷惑な魔力だ。
ライフ・マスト・ゴー・オン
「ひとの戦い方をあなたが真似る必要はありません、あなたにはあなたの方法がある筈です。」
(『祖父帰る』佐藤哲也/短編集『ぬかるんでから』所収)


12月くらいからブログのための文章を書くのが急につまらなくなってきて、お正月に休止するか閉鎖するか考えようと思っていたのにお正月はよほど頭がからっぽになっていたらしく実家でただただカロリーの摂取に励んでいて、唯一読んだ本と言えば兄が嫌がらせに貸してくれた『タイタス・クロウの事件簿』というホラー短編集だけだったりした(でもけっこう面白かった)。

『タイタス・クロウの事件簿』は、タイタス・クロウというオカルティストの学者が邪教の秘術を使って正義のために悪しきものと戦う、という触れ込みの本だったのだけど、私が読んだ限りではタイタス・クロウは(確かにすごく物知りだったけれど)他人を救うのに間に合ったためしがなかった。いちど邪神の怒りをかった人はクロウに相談しようとしまいと死んでしまうので、「結局この人、何もしてないじゃん」ということになる(ひどい話になるとクロウが出て来なくてもあらすじは変わらないんじゃないかとさえ思われる)。

そして今回の引用はタイタス・クロウとは関係なく、単に佐藤哲也が佐藤亜紀(私の好きな作家)と夫婦だからという理由で手に取った短編集『ぬかるんでから』。これがもの凄く後味の悪い不気味な短編ばかりを詰め込んだ本で、読んだその日から一週間近く悪夢にうなされ続けた。

実に酷い目に遭った。
悪夢を見たい方には非常にお勧めの一冊。

というわけで、プチキュベはまだまだ続きます。
これからもよろしく。
その翼の向かう先には
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サン=テグジュペリの時代の郵便機。マイクロウイングというシリーズで出てる、組み立て式の金属模型です。クリスマスにこういうプレゼントを選べるのって、やっぱり家族だからこそでしょうか。

主翼の長さが8.5センチという小ささ。下翼のリグがひとつ折れちゃったけど、まずまずの出来♪

明日はインターネットカフェに行ってまともに更新する予定。
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