la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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ワインの時間
今夜は既に酩酊状態で、人生について語るべきことは何もないように思える。なので今回は、引用はナシ。

今日は久々の「プチキュベ」ワイン会で、夏なのでスパークリング&白ワインでサッパリという予定だったのが、雨で何だか涼しいので急にブルゴーニュの優しい赤が飲みたくなった。

で、買ったのが千円台のプロセッコ(サチェットの激旨スプマンテ!)と、ドメーヌ・シモン・ビーズのサヴィニィ・レ・ボーヌ「オー・グラン・リアル'02」。あとは会場となった友達んちが烏丸御池だったので、駅前の「やまや」でシャトー・ガザンのセカンドラベル「オスピタレ・ド・シャトー・ガザン'00」を購入。4人なら適量かな。

プロセッコは以前飲んだ時と変わらない美味しさで、「幻のワイン同好会」メンバーの反応も上々。単にフルーティなだけじゃなく、アフターにほんの僅かな苦味を感じる私好みのエクストラ・ドライ。

このワイン会は、前に会った時「もしかして私はこのメンバーで集まることにあまり感動を覚えなくなってしまったのかもしれない」と思っていた旧友たちとの、半年ぶりの再会だった。でも、プロセッコの溌剌とした風味がとても新鮮だったのと同じように、やっぱり、杯を交わすとそれなりに会話は弾み、持ち寄りの食べ物も美味しくて、まだまだ私はこのメンバーと楽しい時間を共有できるのだ、という発見に強い感動を覚える。
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図書館の神様
「剣に魂を突き刺されたときに肝要なのは  落ち着いて眺めること、血を一滴も失わないこと、剣の冷たさを石の冷たさでもって受け入れること。」
(『夢・アフォリズム・詩』フランツ・カフカ)


日曜日の朝。良く晴れているので、洗濯機を回して(全自動洗濯機に洗濯物を放り込んでスイッチを入れることを「洗濯をする」と表現するのに私は一抹の抵抗を感じる。「洗濯をする」のは洗濯機であって私ではないから)、しかるのち洗濯物を干してから(干すのは洗濯機ではなくて私)、朝食は抜きにして(軽く二日酔いだから)、図書館に出かける。

いちばん読みたかった本が貸出中なのを知って、少し落胆しながら書架の間を歩く。カフカの『夢・アフォリズム・詩』を手に取って(カフカ好きなのではなく単にアフォリズム好きだから)、読まないかもしれない小説を三冊ほど無理やり選んで(手ぶらで帰るのは癪だから)、それから、書庫の本を二冊出して貰う。

あまり気分が晴れないままうちに帰って、午後、何から読もうか思案しながらそれぞれの本をぱらぱらめくってみて、私はようやく気づく。
なんだ、図書館の神様は今日もちゃんと降臨してたんじゃないか。

そう、図書館の神様は、わりあい安定した気質の持ち主なのだ。返した本が返却期限を少々過ぎていても、怒って農作物を枯らしたりはしない。参拝にはいつも、ほどほどの笑顔で報いてくれる。あくまでもほどほどの、だけれど、気紛れな古本の神様とは違って、「年に一度の割合で稲妻みたいな奇跡を起こす以外は徹底して無愛想」ということはないのだ。

落ち着いて眺めること。
血を一滴も失わないこと。
剣の冷たさを、石の冷たさでもって受け入れること。

それが、図書館の神様から私への、本日の啓示。
あまりにも魅惑的な深淵
「俺は 人の良いとこしか見ない/だから 誰でも好きになれる」
(『少年は荒野をめざす』吉野朔美)


悲しみの果てには絶望がある。
絶望とは恒久的なあきらめだ。
闘争と蹉跌と喪失の記憶が氷山のように背後にそびえ、その沈黙を外界から守っている。

だからこそ絶望は、夜明けの湖のように静かで深い。磨きたての鏡のようになめらかで、それでいて何も映さない。

前方には何も見えない、いや、can't see anything ではなく、can see nothing だ。どうやらそこには、虚無と呼ばれるものがあるらしい。

…もとい。絶望の海を心地好く漂っているうちに、私は知らず、虚無主義という岸辺に打ち寄せられていたらしい。一歩間違うと悪魔みたいな冷笑主義=シニシズムとぺったり張り付いてはがれなくなる、あの厄介な虚無主義に。

Hello, Mr.Zero!
まるで、偶然パパと再会したみなし児みたいな気持ち。
懐かしく慕わしい、「安全」の匂い。
(思想としての「虚無主義」には大して共感しないはずなのだけど、いつの間にこんな近くにいたのだろう?)

そう、趣味と嗜好の話をするなら、私は虚無が嫌いではない。きっぱりと高潔で偽りのないもの。それが虚無だ。

別役実の童話『なにもないねこ』の話を人から聞いた時、私はそのねこの「なにもなさ」の悲しみが理解できなかった。もちろん今も理解できない。自分で読んだわけではないので、いつか読まなきゃな、とは思うのだけど。

追記じゃなくて本題?
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