la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
右であれ左であれ、非核!
「世界で唯一の被爆国だからこそ、3度目の被爆を避けるため、核を持つ資格があるはずだ」(小林よしのり『ゴー宣、暫』)

AIRというミュージシャンがいる。政治的なメッセージを臆することなく歌詞にする、今の日本のメジャーシーンにおいては稀有な人だ。ただ、何となくメッセージをうまく音楽に乗せられないでいて、ラップもどきとか単調なフレーズの繰り返しとかでどうしても聴き手を選ぶ楽曲になってしまっているのだけど(だって、「なぜそんなに生命の秩序乱す?」なんて日本語で歌うのにどんな旋律が適しているというのだ)。そのせいで、1996年頃までやっていたユニット(スパイラルライフ)の洗練された楽曲のイメージからはかなり離れたところに今いて、私は今のAIRの歌が好きだとは言えなくなってしまったのだけど、問題にしたいのは私の趣味ではなくて大衆に向けて発信されるメッセージの画一化ということだ。

何故みんな、恋愛をしか歌わないのか? 

答えは簡単だ。大衆がそれを望んでいるから。そしてもしかすると、権力がそれを望んでいるから。

若者の右傾化ということが言われ出して久しいけれど、果たして今の「彼ら」は「右傾化している」のだろうか。もちろん、そういう若者もいる。けれど、そういう若者が多数派かというと、決してそうではないような気がとてもするのだ。私には、大多数の「右派」の若者が単に、自己肯定の言論を欲しているだけのように思える。
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マコンド、幻想の町
ここ二日ほど、鼻の奥で甘い匂いがずっとしている(ような気がする)。キャラメルに似た、いや、ワッフルに似た、甘く懐かしい匂い。ずっと漂っているのだ、私の周りに。花粉の匂いだったら凄いよね、という話をちょっと人と交わして、笑ったのだけど。

その甘さの中には、ほんのわずか、気づくか気づかないかの腐敗の匂いが混じっていて。いつの間にここはマコンドになったんだろう、なんて思ったりして(まだ私の周囲でバラの雨は降らないし、浜辺に蟹の大群が打ちあがったりもしないけど)。

私は今ガルシア・マルケスが読みたいんだろうか。重厚に織り成された物語の緞帳に、そっと触れてみたいんだろうか。そしてマルケスの描くマコンドへの扉を、開けてみたいんだろうか。

イエス、その通り、おそらくは。
たぶんここ数日、『ガラスの仮面』を読んでるせいで活字の本を読めずにいるからだろう…。恐るべし北島マヤ。
治る怪我は平気
 治る怪我は平気。
 治る怪我は平気。

 呪文のようにそう唱えて私は指先の痛みに耐える。バンドエイドにじんわり血が滲んでいる。うう、痛い。痛いったら痛い。
 でも、そう、「治る怪我は平気」だ。
 好きな言葉は、と訊かれたら、今はきっとそう答える。
 
 ついでにもうひとつ好きな言葉、「気をつけて帰れ」。
 別れ際に、気ぃつけて、と言ってもらうと私は嬉しくてほとんど涙が出そうになるんだ。
 気をつけて帰れ(心配だけれど、自分の身は自分で守りなさい)。
 その優しくふわりと突き放される感じが、すごくいい。
 ようし、気をつけて注意深く帰ろう、という気持ちになる。

 治る怪我は平気。
 気をつけて帰れ。

 ・・・それが私の座右の銘。
鳩と禁煙のブルース(?)
うちに帰って何の気なしに部屋のカーテンを開けたら、目の前に鳩がいた。

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むしろ自分の縄張りを脅かされたような顔をして私を見る。
…あのう。私の部屋なんですが。
撮影してみても逃げない。
そっと窓を開けて、ライトつけて接写してみても逃げない。

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っていうか君、ウンコしてない(私の部屋の窓辺に)?
三十分後くらいに見たらうずくまってぷんわりふくらんでて、眠る気満々なんですけど。
…あのう。そこで寝入られると、煙草が吸えないんですが。

「鳩は夜は目が見えないから飛べないのだ」と父が言うので、追い払うに忍びなく。結局ひとばん禁煙して、翌朝、やはり。

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・・・泊めてやった礼がそれか、鳩よ・・・。

恋愛至上主義社会のマイノリティとして
『だけど、きみの恋は、憎しみとすこしも区別がつかないんだものね』
(ドストエフスキー『白痴』)


このブログを見た人から、もっと恋愛のどろどろしたことを書かないのか、と訊かれてふと思い至った。(これを口にすると人でなしのような目で見られるのであまり言わないようにしてたのだけど)恋愛はどうやら私の生活の埒外にあるらしい、と。

つまり私は恋愛のどろどろを「書かない」のではなく、単に書くべきどろどろを何も持ち合わせていないのだ。

そう、世の人々が普通に恋愛をしているという事実が、私にはとても不思議だ。もともと喜怒哀楽の激しい私には恋愛に関わるもろもろの感情は負担にすぎるし、日々の生活で充分バタバタしてるのにこのうえ恋愛なんて、それはもう、驚異かつ脅威でしかない。淋しくないのかと訊かれれば、うん淋しい、とは答えるけれど、実のところ私は、淋しい、という感情が嫌いじゃない(悲しいのは嫌だけど)。孤独だ、と思ったときにひたひた込み上げてくる淋しさの、あの冷たい紺青色の静寂は、何だか茫漠とした宇宙を連想させて心地がいい。うん、まあ、マゾヒスティックな快感なんだ(そういうことを言えるうちはきっと、本当に孤独なわけじゃないんだろう)。
 
さて、本題。ドストエフスキーの『白痴』。
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