la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
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臆病者のアウトドアライフ/木津川カヤック体験記
…ここで引用したかった一節が、図書館で借りてもう既に返してしまった本からのもので、ネット上では見つからなかったので後日確認してから引用します。。ということで、引用なし記事です。

今年の抱負のひとつだった「カヤックで川デビュー」、先日、無事に行って来ました!

カヤックで木津川を下ってみたい、と思っているどこかの見知らぬ人がこのブログを見る可能性は限りなくゼロに近いのだけれど、万一そういうことがあった時のために、できるだけ具体的な情報を織り交ぜて「木津川カヤック体験記」など書いてみます。

スタート地点は笠置。
ゴール予定地点は、家からほど近い「玉水橋」の、おうちから遠いほうの岸(ということは左岸で、ということはつまり、ええと、西側)。

私は奇跡的なくらい地図が読めないので、木津川の載ってる地図を何度見てもどちらが上流でどちらが下流なのか咄嗟に理解できない。ふだん「おうちから見ると左が上流で右が下流」という実に手前勝手な風景で木津川を捉えているので、地図で見ると「木津川がタテに流れている!」ということにいちいち衝撃を受けるところから始めなくてはならない(「しかも下が上流!?」という、ツッコミどころ満載な驚きを実際に口に出してしまったりする。一応、ツッコミどころ満載だということは自覚しているのだけど)。

もとい。
まずは玉水橋左岸にある、飯岡船公園の脇にある駐車スペースに回収車を止め、車に積んで行った自転車でいったん帰宅(家人が)。
カヤックを背負い(家人が)、その他装備をカートで引っぱって(これは私が)、徒歩5分の最寄り駅へ。ここから電車で笠置へ移動します。

加茂から笠置を通って走る関西本線は「本線」にも関わらず一両~二両編成のワンマンカー。山肌に張りつくようにして木津川沿いを走る、風景も電車そのものの佇まいも、それどころか運転手さんのお仕事ぶりも、非常に素敵な路線です(同じJR西日本に就職して運転手になっても、大阪やら京都やらの都会の路線で働くのとはずいぶん違うんだろうなあ。配属先とか希望したりできるんだろうか。ちなみにこの日の運転手さんからは「関西本線大好きオーラ」が出ていて、運転席でほとんど鼻歌でも歌いだしそうな風情でした)。
平日ながら行楽の人たちで賑やかな車内、先頭のガラスに張りつくようにして景色を楽しみつつ…って、たったひと駅。

朝のうちはすっきりしない曇天で、雨に降られたら嫌だな、と思っていたのが、この辺りから徐々に青空が広がって気温も上がっていい感じになってきました。

笠置の駅で電車を降り、キャンプ場の方へ向かいます。でもキャンプ場には入らず、途中の商店でグミとじゃがりこ買って(菓子パンとかジュース、バンドエイドくらいの補給はこの辺でもできます。バーベキュー食材&資材やらお弁当やらが買えそうなお店もありますが、平日だと店番の人がいないことが多いので要注意)、その先のT字路を左へ。笠置大橋のたもとを右へ入っていくと、「カヌー広場」なるところに出ます。そこでカヤック組み立て。今回は流血なし、どうやっても左へずれたがるキールパイプをどうにかこうにか真ん中に押し戻し、どうやってもちゃんと閉まらないスターンデッキをどうにかこうにか閉め、このころには既に炎天下くらいの勢いで汗だく小休止。

その後、ススキをかき分けてカヤックを運び、数メートル上流のトロ場から出艇です。
木津川は穏やかな川なので、そんなに緊張感はありません。
キャンプ場付近にちょっとだけ瀬があって、でもそこを越えれば後は何もなく安全、というのは知っていたけど、この瀬も水量の多そうな右寄りを行って楽しく通過(雨のあとで水量はたぶん多めだったと思います)。

カヤックのタンデムは、実はあまり好きではないのですが(何事も一人で気ままにやるほうが好きだし、家人と漕ぐと喧嘩になることが多いので)、この日は主に私が組み立て&パドリング&食料担当、家人が運搬&野鳥観察&危機管理担当、という住み分けで衝突を回避。

この日の木津川は、実にのんびりした安全な川でした。
いわゆる「チャラ瀬」、水深がかなり浅いところが三か所くらいあって、ひとつめでかなりまともに座礁。浅くてもやっぱりそこは「川」、いくらパドルで底を突いても水圧に抗することができず、ちょっとあわあわしました。いったん降りてちょこっとポーテージ&再スタート。その後のチャラ瀬は中州に上陸してポーテージしたり私だけ乗ったまま危機管理担当者が牛飼いよろしくカヤックの鼻面に綱つけてじゃぶじゃぶ誘導してくれたり。

で、どこが「臆病者のアウトドアライフ」なのかって。
私はふだん、わりと自分を過信して突っ走るタイプだ(いや、自覚して気をつけてはいますが)。それなのに、カヤックで初めての川下りをしながらいちばん頻繁に私が想像したのは、「今この瞬間、巨大地震が起きて、上流にあるダムが決壊したらどうなるだろう」ということだった。

いや、笑いごとじゃないんです。
笑いごとかもしれないけど。
「自分ではどうしようもない事態」に、私は人一倍、怯えるんです。

子供の頃、私の部屋に置いてあった本棚には両親の蔵書が並んでいて、そこにあった『苦海浄土』や『スリーマイル島』が怖かった。ページを開いて読んだこともないのに、それらの本がどんな事柄を描いているかは何故か知っていて、その背表紙に触れることもできないくらい怖かった。
大人になって一人暮らしを始める時も、住む部屋を選んだ理由の三割くらいは「ここからなら火事になっても逃げられる」というものだった。火事も公害も原発事故も、核実験も地震も津波も、ずっと怖かったし、ああ、もちろん(もちろん!)、今でも怖い。

まあ、冷静に考えれば怖くて当たり前、なのだけれど、毎日の生活の中でいちいちそんなことに怯えていたら何もできなくなるのも確かだ。

ただ船で川を下る、というそれだけのことに、私はずいぶんと憧れ、それでもなかなか実行に移せずにいたのは、「なんかあったらどうしよう」という、ものすごく漠然とした恐怖の故だった。

笑いごとなのか、そうじゃないのか。
今でもよくわかりません。

とにかく、やってみて良かった、楽しかった、と言える「事後報告」の今になってようやく、私は無条件に「楽しかった」と断言できます。

のんびり三時間。
実際には、川の流れが穏やかすぎて予定していた上陸地点にはたどり着けず、木津の泉大橋左岸で上陸、カヤック解体しました。あとは徒歩でJRの木津駅へ。
回収車を回収し(家人が)、楽しかった一日の締めくくり、ホットプレートで「インドアバーバキュー」。

エーコの『フーコーの振り子』は無事に読了、呪いからも解放されて(終盤ガーッと面白くなったのに何だかぷっつり終わってしまった)、カヤック満喫、幸福なんだかそうじゃないんだかよく解らない日々の中で、とりあえず何だっけ、エポックメイキング? な一日を過ごすことができました。

天にまします我らの神よ。
願わくは…。
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テイクオフとタッチダウンの距離と乖離
人間愛とは要するに、かなり冷淡な一般的好意をあらわす、やや美しい言葉にすぎない。」
(『眠られぬ夜のために』/カール・ヒルティ)


※タイトルと引用と本文はたぶん、それぞれ私の脳内でしか結びついていません。

休日まるごと遊ぶ。
とても久しぶりに。
しかもアウトドア。
もちろんカヤック。

朝六時に起きようとして失敗、七時すぎにぼんやり起き出して、「ああもうずっとごろごろしてたい」「今日は図書館だけ行って部屋で読書三昧にしようかしらん」という悪魔の誘惑をどうにか振り払う。今年三月に一度だけカヤックを出して以来、その誘惑に負けた回数は十回やそこらじゃ利かない。
基本的に、というよりは根本的に、私はインドア人間なのだ。
ともかく今日、空は秋晴れ。部屋から愛艇アリュート(一応フォリ・ポルタンファンという名前をつけてあるのだけどアリュートとしか呼んだことがない)を外に担ぎ出して、愛車アルトワークスのトランクに積み込む。青空と暖かい日差しに、ようやく自分のエンジンが始動するのを感じる。

太陽の力ってすごいんですよね、と、それまで歩いていた山道から日向に出たとたん、太陽に向かって深呼吸していた人のことを思い出す。そのとき私は「おひさま~」と歓声を上げて幼児よろしく両手を広げていて、日光を肺に吸い込むというその「手段」というか「方法」というか「味わいかた」に何だか深く感じ入って、真似をして深呼吸してみたのを覚えている(ちなみにこの人は私が去年参加した「シャワークライミング」のガイドさんだ。高島の八淵の滝を、ウェットスーツを着込んでヘルメットかぶって、ロープを使って遡るいわゆる「沢登り」。軽薄に横文字で書くならマーヴェラスな体験だった。あの時のことをブログに何も書かなかったのは、その体験が何をどう言葉に移せば良いのか解らないほど「マーヴェラス」で「フル」なものだったからだ。たぶん。記憶を言葉にとどめる作業は大好きだし、あの時もぜひそうしておきたいという気持ちはあったのだけれど、どうしてもできなかった)。

もとい。
八時過ぎにつつがなく(?)出発、車で走ること一時間半。琵琶湖畔の道の駅に駐車して、愛艇アリュートを担ぎ出す。背負おうとして派手によろめいて、通りすがりの人に「大丈夫ですか?」と心配される。「今から出さはるんですか?」「あ、はい」「それやったらもっと向こうのほうに車止めはったら・・・」「あ、すぐそこから出せるんです」「あ、そうなんですか」というやりとりをして(今思えばカヤック経験のある方だったみたい)、「気をつけて」の一言(実はこれが私の、「人から言われていちばん嬉しい言葉」だ。そういえば出がけに家人も言ってくれた!)に見送られて、一人カヤック恒例の「よろばい歩き」で水際へ(ほんの十メートルくらい)。

久々(半年ぶり!)の組み立てで手順を間違えまくる。
丁寧に、センターを意識して(あ、AKBの話じゃないです)じっくり組んでいたのに、序盤ではめ込んでおかなきゃならないパイプを放置していたことに気づいて、バラしてやり直し。キールパイプをまっすぐ船体布に合わせて、わお、うまく行った!と思ったら、やっぱりスターンデッキがちゃんと閉まらない(毎回これ)。汗だくになりながら力技で何とかごまかす(毎回これ)。どうもテンションがうまくかかってない感じ(毎回これ)。

ほんとに、嫌というほど「毎回これ」なんです。
でも、もうひとつ「毎回これ」なのは、それだけ苦労してドジ踏んで流血して(あ、流血も「毎回これ」だった)不可解な気持ちになって、ああ私なんでこんなしんどいことやってるんだろ、と思っても、湖面に引っぱっていって不格好に乗り込んでパドルでぐい、と砂底を突いてフネを押し出した瞬間。

これ。
これだよ。
これやねん。
これなんです。

つまり、まあ、それなんです。
「解放感」と言ってしまえばそれまでかもしれない。ふだん地面のうえを二足歩行して暮らしている私は(まあ皆だいたいそうなんだけど)、特に今日は豪雨のあとで琵琶湖はうっとりするくらい豊かな水を湛えていて、そういうたっぷりとした「湖」に浮かぶ(カヤックは自分と水面の距離がものすごく近いので、浮かぶというよりは「浸かる」感覚かもしれない)という体験を、たぶん実際以上に、たぶん過剰なくらいに愛してしまう。

ファルトボートって、アルミパイプで組んだ骨組みに防水のごつい布を被せただけの構造なので、水に浮かべると下から水が押し返してくるのだ。
骨と骨の間が、水に押されてぷわんと膨らむ。
漕ぎながら、靴も靴下も脱いだ素足で、そのひんやりした圧力を楽しむ。
今日はじめて気づいたのだけど、たぶんウォーターベッドってこんな感じ。

全力で漕いだりパドルを置いて波に揺られたり、葦原に入ってみたり木陰で微睡んだり。
半年ぶりのカヤック、楽しかった。

ちなみに、琵琶湖が青く見えるのは遠くから見たときだけで、近くだと緑に見えます。その緑は樹々の緑とはまた違った色合いの緑で、私はどちらの緑も大好きです。
樹々の緑は鮮やかで、湖の緑は深い。
鴨には鴨の言い分がある。たぶん。
20131017 水郷

久々のカヤック記事。
携帯電話のカメラで撮った写真だけど、何だかきれいに撮れてたので自慢げにUPしてみる(笑)。

出艇場所は、近江兄弟社の野球グラウンドの脇。わりと有名なポイントみたいで、この日もカヤック教室の一行が少し先に出艇していた。
近江八幡の水郷はさほど風の影響を受けない、と、どこかのブログで読んだので、琵琶湖には海よろしく白波が立っててウィンドサーフィン大はしゃぎ、という天候をおして出かけたのだけど。結果、かなりの耐久パドリングになった(このパターン多いな私)。

でも芦原の風情がとても良くて、水鳥たちもたくさんいて。
ああいう鳥(鴨の仲間)って、離陸(離水?)・上昇がちょっと苦手なのね。水の上をばたばた走るみたいにしてからようやっと、重たそうに飛んでゆく。

水郷めぐりの舟もたくさん出ていて楽しかったし。水路であわや迷子?的なスリルもあったし。
でも今回の何よりの収穫は、ほとんど筋肉痛にならなかったこと! 夏からこっち屋外活動の機会が飛躍的に増えてたので、丈夫になってきたのかな。
フォリ・ポルタンファンと私
「素晴らしいものは、誰のものでもないものだ。」
(長田弘「なくてはならないもの」/詩集『世界はうつくしいと』所収)



繰り返しますが、こいつ、重いんです。毎回、背負うたびに重くなっていく気がするんです。
クリストフォルスの伝説じゃあるまいに。

そんで、でかいんです。
毎回、見るたびにでかくなっていく気がするんです。
親戚の子どもじゃあるまいに。

もとい、今日はマイカヤックのアリュート(本名フォリ・ポルタンファン)と、初めてテート・ア・テートの湖上散策をしてきました。

行きも帰りも自力。
組み立ても撤収も自力。

朝起きて、ちょっと体がしんどいかな、と思ったんですが、いま何かを「補給」しないと明日からが「持たない」ような気がして。

そんで、決行です。
船体布とシートを背負って、骨その他はカートで引っ張って駅までの5分をよろばい歩き、バスに乗ります。
乗り口でちょっとつっかえます。
カートを持ち上げると、脚力が足りずステップが上れません。
それでもどうにか乗って、降りて、湖岸までの5分をまたよろばい歩いたら、さぁ、今度は組み立て。

「組み立て」と一口に言っても、照りつける太陽のもと、40分に及ぶ汗だく血まみれ大格闘です(ジョイントにちょっと親指の腹を挟まれただけなのに、血がポタポタ滴ってなかなか止まらなかった)。おまけに最後の最後、スターン(後ろ側)のカバーがやっぱりちゃんと閉まりません。

モンベルの人がセットアップすると惚れ惚れするほど完璧な艇だったのに、私がやるといつもこれ。
しかも指に巻いたミニタオルは鼻血を押さえたティッシュみたいに血だらけだし。

気を取り直し、モンベルの人がやっていたのを思い出しながら、スターンデッキのベルトを力任せに締め込みます。
鳶が頭上で悠然と旋回していて、ぴぃぃぃ、よろろろろぅん。と、呑気に鳴いたりします。
でも今日は私ひとりの時間なので、苛立ちはせずしばし手を休めて、空を飛ぶものの美しさを眺めます。

首筋を伝うのは、幸い血ではなく汗。

ピッタリとまでは行かないながら何とかマジックテープを張り合わせ、仕上げの尻尾カバー(浸水を防ぐために船尾に被せる、小人の帽子みたいなの。どことなく、犬の噛みつき防止の口輪を連想してしまったりもします)を被せると、その鼻面をぽんぽん叩いてやります(フネ的には尻尾ですが)。

さて、水に浮かべて漕ぎ出そう!
と、エアチューブの空気を入れ忘れていることに気がつきます。
蛇腹になった黄色いプラスチックの空気入れ(いつ見ても幼児向けのおかしな楽器みたいです)でアリュートの横腹に空気を入れ、今度こそ。

水辺までの数メートルを、本来の担ぎかた(かっこ良く右肩で担ぐ)が無理なのは解っているので、不恰好なカニ歩きで騙し騙し運びます。砂の上を引きずると船底を痛めるので…。

ああ、厄介な、かくも厄介な代物。
重くてでかくて面倒で疲れる。
何だって私はこんなものを買ったのか、と、自分の酔狂を呪いたくなります。

けれど。
ひとたび湖上に出れば、こいつは一瞬で私を「カヤック担ぎ」の重責から解放し、軽々と私を抱き止め、水に委ねてくれるのです。

パドルの最初のひと漕ぎで、天啓に打たれます。

ああ、私はこんなにも自由なんだ、と。

いっさいを惜しげもなく陸に置いて、アリュートと「漕ぎ出す」瞬間。

戻らなくちゃならないことは解っているし、戻ることを拒否する気もない。でも束の間、紛れもない「逃走」の至福に襲われます。

そしてそのまま、ためらいなく沖へ。

目の前を横切る動力船から、誰かが片手を挙げて合図をくれたりもします。でも、水の上では手を振ることは救助要請にあたるので、適切な応えかたを知らない私はただパドルを置いて波をやり過ごします。

そして今日、初めて、「お気に入りの場所」を見つけました。
意外にも、出艇した地点のすぐ近く(たぶん10メートルくらい)。砂浜ではなく木と葦原とで陸地から隔てられた、格好の「隠れ家」。
アリュートごと木陰に入ってしまえて、去年の初カヤックの時に見つけて勝手に「ロゼッタ」と名付けた水草が浮いていて(冬越しする植物が葉を地面に平たく広げる「ロゼット」という形態に良く似ている。ステンドグラスの図案みたいでとても綺麗)。

木に止まっている鳥が饒舌に囀るのを聴きながら、半ば寝そべるような姿勢で本を読みます。

頭上からすうっと下がってきた尺取り虫を、パドルでそっと受け止めて木の根元の苔の上に下ろしてやったりもします。

若緑の葉。
キラキラする木漏れ日。
静かな水の音。

私をこんなところへ連れて来ることができるなんて。
私にこんな時間を与えてくれるなんて。
アリュート、お前はやっぱり素晴らしいよ!
ま、「水の上」限定だけどね。
そして、アリュートはやっぱり目的ではなく手段なのだということ(幾らアリュートが「私のフネ」で、そのことに子供っぽい喜びを覚えるとしても、やはり私の目的は「琵琶湖」なのだ。「素晴らしいもの」、「誰のものでもないもの」に出会うことが困難になってしまっている昨今、そういう空間へ私を連れて行ってくれる「媒体」として、私は私のアリュートを称賛する)。
水と光と空とツバメと/カヤック@海津大崎
「沈したらラッキーだと思って下さい。」
(カヤックツーリング@海津大崎、出発前のガイドさんの言葉)


アリュート380T


昨日モンベル主催のカヤックツーリングに参加して、「念願の初シングル艇セットアップで自由気ままな一人漕ぎを満喫してきた」と、すごく晴れやかに言いたいのだけど。
実際は行程のほとんどが仮借ない強風との闘いで、ひたすら漕いで漕いで、たまに漕ぐのをやめてわざと流されてみたりもして(結構きれいに、すべるように流されるので面白怖かった)、今日は未曽有の筋肉痛に襲われている(どのくらい未曽有かというと、まあ「未曽有」に程度なんかないと思うけど、スープをすくったスプーンが口まで持っていけないのですっぽんよろしく首を伸ばしてスプーンからスープをすすっていたくらい)。

海津大崎は、桜の時期は過ぎてしまったけれど私には案外それはどうでも良くて、心配なのは予想以上の寒さと強風だった。小柄ながら頼もしい相棒アリュートがそんな簡単にひっくり返るようなヤツじゃないとは解っている。それでもやっぱり、ひっくり返ったらどうしよう、という不安はあった。
おまけに一人での乗艇は私だけ(6連勤+飲み会明けなのに同行してくれたUさんは、奇数名での参加だった他のグループの方と一緒に乗るようガイドさんから言われて、こういうイベントで一人で漕ぐのが「イレギュラー」なのだと私は初めて悟った)。たぶん見るからに体力も根性もなさそうな私が心配だったのだろう、ガイドさんからの「厄介事は御免ですよ」「足手まといにならないでくださいよ」的な無言の圧力が辛かった(声と目つきでそんな露骨に侮蔑オーラを発散されちゃ、こっちとしては委縮するかムキになるかしかない。私はまず委縮して、それからムキになった)。

見ず知らずの素人たちの命を最終的に預けられてしまうガイド役としては、強風で多少ピリピリするのも無理はないし、過去にいろいろ面倒なこともあったんだろうし、何より私に「ドジ=厄介事」の気配を感じるのは「ご明察」としか言いようがないのだけど。体力のない初心者が一人で漕ぐのはちょっとしんどいかも、と思うなら、ストレートにそう言ってくれれば素直にタンデムにしたのに…と、ちょっともやもやしてしまった。

もとい、カヌー・カヤック用語で「ひっくり返る」というのは「沈(ちん)する」と言う。
「沈したらラッキーだと思って下さい」。
イベント中、私がいちばん嬉しかったのは、出発前に「侮蔑オーラ」の人とは別のガイドさんが言ったその言葉を聞いた時だ。沈してもパニックにならないこと、パドルを放さないことなどを念押ししてから、「ラッキーだと思って下さい。自分が今いちばん目立ってる、と思って、笑顔で『助けてー』と叫んでください」と、このガイドさんは実に快活に、そう教えてくれた。
ああ、この人は、初心者が巻き起こす厄介事を「迷惑」とは思っていない。誰かがひっくり返ってもちゃんと対処する自信があるだけでなく、そのハプニングを「ちょっとした余興」として快く、笑い話にしてさえくれるのだ。

参加者が安心して楽しむことを一緒に「喜んで」くれるこの人は、両親と参加していた三人兄弟の末娘とタンデムで漕いでいた。たぶん小学校中学年くらいの女の子を前に乗せて、漕ぎ方とか、何に注意したら良いかとかを丁寧に教えながら、時々自分のパドルを置いてその子にすっかり船を任せたりもしていた。
きっとあの子は嬉しく、誇らしかったと思うのだ。新しいことを体験し、新しいことを学ぶ喜びに満ちて、自分の意志で船を操る誇らしさに満ちて。

そしてそれはそのまま、私の体験であり、学びであり、嬉しさであり誇らしさだった。

お昼過ぎに雲が切れて青空の広がる一時があって、風は相変わらず強かったけど私は幸福だった。湖面すれすれに飛び交うツバメの羽が私の耳のすぐ横を掠め、波立つ湖水に委ねられた私のアリュートは心地よい浮遊感に包まれ、湖の身じろぎに同調して見上げる空はくっきりと青かった。青みを帯びた深緑の湖水に両手を浸し、春の陽射しを身体に浴び、目眩を覚えるほどの速さで流れてゆく雲を見上げながら、私はもう、ひっくり返ることを恐れてはいなかった。

自分の幸せを許せるようになろう。
人の幸せをつくれるようになろう。
あらためて、そんな風に思った。

漕ぎ終えて上陸するのは、少し悲しかった。
もっとずっと、アリュートと一緒に揺られていたかった。
だから、名前はつけずに「アリュート」と呼ぶことにしていた私のフネに、やっぱり何か名前をつけようと決めた。
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