la petit cuvee

“プチキュベ”と、舌ったらずに発音して下さい。 くれぐれも、「ヴェ」と下唇を噛まぬよう・・・。
いつかわたしがかえるところ
「わたしはもう女であることに弁解じみた態度をとらないと決めました。」
(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ/『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』)

自分らしくあることの最大の困難は、「自分らしさとは何か」に気づくこと、次に、「その自分らしさと和解すること」だと思う。

私は昔から、フェミニンな服を着ていたほうが俄然、周囲の受けがいい。
可愛い、と言われる。
でも私はそれを、まるで喜べない。
可愛い、という言葉には、無害な・無力な・無邪気な・おバカな、といったイメージが、かなりはっきり表れているからだ。
そんなキャラクターが「モテ」て「愛され」る世界なんか、絶望的だとさえ思う。
そして、そう言ってみたときの「愛され」る、というのは明らかに「可愛がられる」「ちやほやされる」という意味合いで、残念ながら実際の「愛」とは何の関係もない。

ちなみに、私は自分のことをフェミニストだと思っている(厳密に言えば、性別というのは個々人を評価するためにはまったく不要な基準だと思っている。それが「フェミニズム」という思想と完全に合致するのかどうかは今でも自信がないけれど)。
それらしく性格や言動はかなり荒いほうで、それらしくなく、外見と性質はまったく女々しい(おんならしい、ではなく、めめしい。ちなみに私は女らしさは好きじゃないけど、めめしさは割りに好き。女らしい女は苦手だけど女々しい女は好き。女らしい男は苦手だけど女々しい男は好き)。
私はずっと、そのことを気にしていて、今でも気にし続けている。

若かりし頃の思い出。
フェミニズムの勉強会みたいなのに参加したいと思って出かけた時。
男子九割・女子一割、みたいな地味系サークルを見学に行った時。
どちらの場でも、私は女性陣からかなり露骨な敵意をぶつけられた。
前者の場合はたぶん、「可愛い女」と見做され、フェミニズムの敵、と思われたため。
後者の場合はたぶん、「可愛い女」と見做され、恋愛市場における敵、と思われたため。

実際の私が恋愛にもファッションにも興味がなく、「自分の食いぶちは自分で稼ぐ」というのを当然のことと捉え、ミシェル・フーコーを偏愛していて、酒飲みかつ煙草吸い、であっても。
他人はそんなことまで知ろうとはしてくれないのだ。
そんなにも、人は他人を外見で判断するのか。外見でしか判断しないのか。
そう思って、愕然とした。

そんなある時、ふと辺りを見回して、何だか皆、自分に似合った服を着てるんだな、ということに気づいた。
単に顔立ちと服装、というだけでなく、話しかたも笑いかたも立ち居振る舞いも、ぜんぶがしっくり「その人らしさ」に馴染んでいる。
(「個性的」と言われるような人でさえ、「個性的と言われる人がよくしているような恰好」をしている、というのはまた別の話か。)
私にはそれが、ひどく羨ましかった。
自分がどういうキャラクターで、どう見られたいのか、どういう人と仲良くなりたいのか、そういう事柄を、皆、「ぱっと見」で解るように発信している感じなのだ。
外見だけで判断されたくない、という言葉はそこにはもうなくて、手っ取り早く自分のことを知ってもらうために可視化した個性を身にまとっている、という印象。

他人の視線が苦手な私は、長らく外見や服装を「見られるもの」としてしかとらえてこなかった。
それが「見せる」ものでもあるのだ、と理解したのは、ごく最近のこと。

でも、私のぜんぶを見た目で表現しようとすると、うーん、突き詰めるとやっぱり(ガチでやったことはありませんが)、ゴスロリみたいなことになっちゃうのかな。
という、不可解、かつ、不明瞭、かつ不条理なところにしかたどりつかない。


そんで、本題(カヤック)はこちらです。
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オフィーリアに捧げる頌歌
「大事なのは物事にどう対処するかではなく、ほかの生き物や生命とどうかかわりあうかということだ」
(レックス・ゴードン/『宇宙人フライデー』)


それが大事なのは、ちゃんと解ってるのだけれど、私はどちらかというと、物事に対処することの方が得意で、ほかの生命とうまくかかわりあうことが、いくぶん苦手だ。
基本的に、家族も友達も知り合いも職場の人も赤の他人も、皆が元気でいてくれればそれでいい。
そんで基本的に、みんなが私はそれなりに元気だ、と思っていてくれればそれでいい。

ところが琵琶湖でぷかぷかしていると、幸福感と同時に息苦しいような切ないような気持ちが湧きあがって来る。
幸せ、という感覚が、手放しで幸せなのではなく、不意に泣きたくなるような不安の裳裾を引きずっているのに気づくのだ。

今年初のカヤック、勝手にホームグラウンドと定めた琵琶湖西岸、駐車場から出艇場所までカヤック担いで一分を切る便利至極なロケーション。

基本的に私の琵琶湖カヤックは「漕いでいる」時間より「浮いている」時間のほうがずっと長い。それも「半浮き」、つまりスターン(船尾側)をちょっと岸に乗り上げさせて漂流しないようにしておいて、前半分は波に揺られるままに遊ばせておいて、その半浮きのフネの上で自分は何をしているかというと、ごはんを食べてたり本を読んでたりバードウォッチングをしてたりするのだけれど、それ以外には何にもしないで水の音や鳥の声を聴きながら、ただ浮いている感じを「味わって」いる。

「味わう」というのは語義通り、美味しいものを食べるときのあの感覚とまったく同じだ。琵琶湖には、もちろん目で見える景色もあり、海とはまた違った湖特有の匂いがあり、様々な音があり、船底に感じるひんやりとした水の感触も、波の揺らぎもある。そういう「世界」に、私としては相当無防備に、五感を明け渡す。解き放つ。

「息苦しいような切ないような気持ち」は、そういう瞬間に、不意打ちのように襲ってくる。
懐かしい?
恋しい?
怖い?
帰りたい?
逃げたい?
あれこれ考えてみても、どんな語彙もしっくり馴染むことのない感覚。

もちろん、こういうカヤックも「あり」なのだと知ったのは、自力でではない。
そもそもカヤックに憧れたのは十代の半ば、野田知佑のエッセイでだ。テントやら着替えやら、言ってみれば「家財道具一式」をフネに積んで(ああ、カヤックをカタカナで「フネ」と呼ぶのは間違いなくこの人の影響だ)、川下りの旅に出る。お金なんかに頓着しない。魚を釣ったり河原の草を摘んだりして煮炊きしながら、気の向くまま、そのくせ命がけで旅をするのだ(そんで舳先には犬)。
でも当時は、というかずいぶん大人になるまで、ああいう「冒険」は男の人の特権なのだ、と思っていた。つくづく、ああ男に生まれたかった、と思ったりもした(というのはまあ、ただそれだけの理由ではないし、今でも一人きりの川下りは男の人の特権だと思ってしまう臆病さが私にはあるけれど)。

そういう意味で、梨木香歩氏の『水辺にて』というエッセイを読んだとき、愕然とした。
その昔、日常の必要性からつくられ、日常として使われ、日常の延長線上にあった「道具」は、ただ水辺に身を置くための、非力でもがんばれば何とか持ち運びできる「道具」でもあったのだ。

もしかして、私一人でも、カヤックって乗れるのかもしれない。
そう思うと、もう居てもたってもいられなくなった。
実際やってみると、梨木さんが一人で運べる限界、というボイジャーすら私には重すぎて運べず、それより軽いアリュートですら運べず、でもそこは「小分けして運べばいいじゃん」と開き直って、分割して背負う/引っ張る、という運搬法を編み出して今に至る。

今年は春先から機会を伺っていたにも関わらず、ずっとカヤックを出せずにいた。何と六月も後半になっての「2017年、初カヤック」である。
臆病者の私は、仕事の休みとお天気と自分の体調とがぜんぶ完璧に揃わなければ、カヤックを出せない。しかもその三項目が軽々とクリアされるような日でも、読みたい本が山積みとか翌日以降の夕食の作り置きをしなければとかいう、些細なことに負けたりする。

だから、多分、カヤックに乗れなければ死んでしまう、ということは、私にはない。
玄関らへんの板張りの、何と呼ぶのかよくわからないスペースで、一年の大半はただ埃をかぶってるだけのカヤック一式(愛艇アリュートと、初心者用のツーピースパドルと、「胸とかないんで普通のでいいです」と言ったにも関わらずショップの店員さんに押し切られて買った女性用のフローティングベストと、その他の装備もろもろ)。
それでも私は、条件さえ揃えば多少は早起きして、片道一時間半かけて車を運転して、小一時間かけてカヤックを組んで、汗だくで琵琶湖に漕ぎだす。

この日、十時前に出艇場所に着いて、辺りに誰もいないのを有難く思いながら(私は注目を浴びるのがこの上なく苦手だ)、いつもよりちょっと無造作に、いつもよりかなり巧く、アリュートをセットアップする。そして誰に気づかれることもなく、「湖上」に出る。

木陰の半浮きメインで、あとは北に向かってちょっと漕いだり、腰まで水に浸かって釣りしてるおじさんがいたので、沖を迂回するよりはと思っておじさんより岸側の浅瀬をポーテージしたり、動力船の余波でちゃぷちゃぷ遊んだり。
そのうち風が出てきて、ウインドサーフィンを始める人まで出て来たので、撤収の頃合いだな、と思って出艇場所まで戻ると、なんか道の駅のテラスに観光客ぽい人たちがずらっと座ってる。漕ぎ戻って岸につけるあいだの視線が、ずいぶん痛い(いや、別に視線に非難がこもってるわけはなく、むしろ興味&好奇心120%の視線なのだけど、私にはそれこそが苦痛なのだ)。
上陸して、カヤックをざっと拭く。
琵琶湖臭い。
しばらく陽ざらしにして干す(ほんとは風通しの良い日陰でやるべき)。
解体して骨組みをたたんでいると、写真を撮りに来たらしい年配の男性に「キャンプしたんか?」と声を掛けられる。
「いえー、キャンプじゃなくて、カヤックです」
カヤック、が通じない。
「折り畳み式の、フネ、です。こっちが骨組みで、こっちが外側の、皮、です」
 それをきっかけに、テラスから私の撤収を見守っていたらしき観光客の人たちから、ものすごく話しかけられて縮こまる。
「一人で来たんじゃないよね?」
あ、今日は一人です。
「持てる? 大丈夫?」
あ、大丈夫です。
「手伝ったろと思ってたら、もう片付いてるんやな」
あ、まあ、慣れてるんで。
等々。

SNSとかやってたら、意識して画像撮ったりするんだろうけど。

不意に、贅沢な遊びやなあー、と言われて、リアクションに困る。
その人が、どういう意味で「贅沢」と言ったのか、咄嗟には区分できない。
私としてはもちろん、この上なく贅沢な遊びだ。
でも、お金が掛かる、というわけじゃない。
目の前のこのおじさんが、本当の「贅沢」を知っていてそう言っているのか。
それとも、自前のフネや装備を持っていることや、公共の広場を勝手に占拠して解体作業をしていることを指してそう言っているのか。

普通なら疑うところではないのだけれど、おじさんの佇まいからは、どちらともつかない空気が漂って来ていた。
でもまあ、私はもともと、不意に人から話しかけられるとリアクションに困ってばかりいるので、深く考えるのは止して、曖昧にヘラヘラ笑ってごまかす。

どっちだっていい。
私は、私の幸せを、どんな形であれ「贅沢」だと思うことはしたくない。
ファルトボートなんて中古車に比べたらずっと安いし。
そもそも、値段のつけられるものじゃないし。
他の誰かが私のアリュートに乗ったって、私ほど幸せにはなれないという自信(?)もあるし。

でも、簡単なことなのだ。
幸福というのは、本当は、不幸と同じくらい近しくて、誰にでも軽々と手の届くものなのだ。
ただ、「降って湧きやすさ」という点で、不幸は幸福より非・恣意的なものだというだけ。

六月の琵琶湖は、深緑色。
風が出て波立つと、私の大好きな、ガラス細工みたいな質感を見せてくれる。
透き通ったクリスタルグラスじゃなくって、アールヌーヴォー風な重たい色ガラス。
パドルに藻が絡まったり、休憩スポットに死んだ鮒だか鯉だかが打ちあがってたりもするけれど、それは大した問題じゃない。

ひんやりと湛えられた水の質感を船底に感じながら湖の鼓動に合わせて揺られるとき、そこにあるのは非日常ではない(少なくとも私にとっては)。
それは、自分が生きている日々の本質を、あらためて感じるひとつの機会なのだ。
特別な祭典でなくても。
特別な贅沢でなくても。
そう思うと、わけのわからない切なさにも、多少は説明がつく(ように思う)。

だって、私は、たぶん私たちは、そしてたぶん他のあらゆる生きものたちは、幸福だから生きているわけではない。
生きることと向き合うには、ただ幸福感だけで済ませるわけにはいかない。
これはそういう体験なのだと、今日ふと思った。
強調文
臆病者のアウトドアライフ/木津川カヤック体験記
…ここで引用したかった一節が、図書館で借りてもう既に返してしまった本からのもので、ネット上では見つからなかったので後日確認してから引用します。。ということで、引用なし記事です。

今年の抱負のひとつだった「カヤックで川デビュー」、先日、無事に行って来ました!

カヤックで木津川を下ってみたい、と思っているどこかの見知らぬ人がこのブログを見る可能性は限りなくゼロに近いのだけれど、万一そういうことがあった時のために、できるだけ具体的な情報を織り交ぜて「木津川カヤック体験記」など書いてみます。

スタート地点は笠置。
ゴール予定地点は、家からほど近い「玉水橋」の、おうちから遠いほうの岸(ということは左岸で、ということはつまり、ええと、西側)。

私は奇跡的なくらい地図が読めないので、木津川の載ってる地図を何度見てもどちらが上流でどちらが下流なのか咄嗟に理解できない。ふだん「おうちから見ると左が上流で右が下流」という実に手前勝手な風景で木津川を捉えているので、地図で見ると「木津川がタテに流れている!」ということにいちいち衝撃を受けるところから始めなくてはならない(「しかも下が上流!?」という、ツッコミどころ満載な驚きを実際に口に出してしまったりする。一応、ツッコミどころ満載だということは自覚しているのだけど)。

もとい。
まずは玉水橋左岸にある、飯岡船公園の脇にある駐車スペースに回収車を止め、車に積んで行った自転車でいったん帰宅(家人が)。
カヤックを背負い(家人が)、その他装備をカートで引っぱって(これは私が)、徒歩5分の最寄り駅へ。ここから電車で笠置へ移動します。

加茂から笠置を通って走る関西本線は「本線」にも関わらず一両~二両編成のワンマンカー。山肌に張りつくようにして木津川沿いを走る、風景も電車そのものの佇まいも、それどころか運転手さんのお仕事ぶりも、非常に素敵な路線です(同じJR西日本に就職して運転手になっても、大阪やら京都やらの都会の路線で働くのとはずいぶん違うんだろうなあ。配属先とか希望したりできるんだろうか。ちなみにこの日の運転手さんからは「関西本線大好きオーラ」が出ていて、運転席でほとんど鼻歌でも歌いだしそうな風情でした)。
平日ながら行楽の人たちで賑やかな車内、先頭のガラスに張りつくようにして景色を楽しみつつ…って、たったひと駅。

朝のうちはすっきりしない曇天で、雨に降られたら嫌だな、と思っていたのが、この辺りから徐々に青空が広がって気温も上がっていい感じになってきました。

笠置の駅で電車を降り、キャンプ場の方へ向かいます。でもキャンプ場には入らず、途中の商店でグミとじゃがりこ買って(菓子パンとかジュース、バンドエイドくらいの補給はこの辺でもできます。バーベキュー食材&資材やらお弁当やらが買えそうなお店もありますが、平日だと店番の人がいないことが多いので要注意)、その先のT字路を左へ。笠置大橋のたもとを右へ入っていくと、「カヌー広場」なるところに出ます。そこでカヤック組み立て。今回は流血なし、どうやっても左へずれたがるキールパイプをどうにかこうにか真ん中に押し戻し、どうやってもちゃんと閉まらないスターンデッキをどうにかこうにか閉め、このころには既に炎天下くらいの勢いで汗だく小休止。

その後、ススキをかき分けてカヤックを運び、数メートル上流のトロ場から出艇です。
木津川は穏やかな川なので、そんなに緊張感はありません。
キャンプ場付近にちょっとだけ瀬があって、でもそこを越えれば後は何もなく安全、というのは知っていたけど、この瀬も水量の多そうな右寄りを行って楽しく通過(雨のあとで水量はたぶん多めだったと思います)。

カヤックのタンデムは、実はあまり好きではないのですが(何事も一人で気ままにやるほうが好きだし、家人と漕ぐと喧嘩になることが多いので)、この日は主に私が組み立て&パドリング&食料担当、家人が運搬&野鳥観察&危機管理担当、という住み分けで衝突を回避。

この日の木津川は、実にのんびりした安全な川でした。
いわゆる「チャラ瀬」、水深がかなり浅いところが三か所くらいあって、ひとつめでかなりまともに座礁。浅くてもやっぱりそこは「川」、いくらパドルで底を突いても水圧に抗することができず、ちょっとあわあわしました。いったん降りてちょこっとポーテージ&再スタート。その後のチャラ瀬は中州に上陸してポーテージしたり私だけ乗ったまま危機管理担当者が牛飼いよろしくカヤックの鼻面に綱つけてじゃぶじゃぶ誘導してくれたり。

で、どこが「臆病者のアウトドアライフ」なのかって。
私はふだん、わりと自分を過信して突っ走るタイプだ(いや、自覚して気をつけてはいますが)。それなのに、カヤックで初めての川下りをしながらいちばん頻繁に私が想像したのは、「今この瞬間、巨大地震が起きて、上流にあるダムが決壊したらどうなるだろう」ということだった。

いや、笑いごとじゃないんです。
笑いごとかもしれないけど。
「自分ではどうしようもない事態」に、私は人一倍、怯えるんです。

子供の頃、私の部屋に置いてあった本棚には両親の蔵書が並んでいて、そこにあった『苦海浄土』や『スリーマイル島』が怖かった。ページを開いて読んだこともないのに、それらの本がどんな事柄を描いているかは何故か知っていて、その背表紙に触れることもできないくらい怖かった。
大人になって一人暮らしを始める時も、住む部屋を選んだ理由の三割くらいは「ここからなら火事になっても逃げられる」というものだった。火事も公害も原発事故も、核実験も地震も津波も、ずっと怖かったし、ああ、もちろん(もちろん!)、今でも怖い。

まあ、冷静に考えれば怖くて当たり前、なのだけれど、毎日の生活の中でいちいちそんなことに怯えていたら何もできなくなるのも確かだ。

ただ船で川を下る、というそれだけのことに、私はずいぶんと憧れ、それでもなかなか実行に移せずにいたのは、「なんかあったらどうしよう」という、ものすごく漠然とした恐怖の故だった。

笑いごとなのか、そうじゃないのか。
今でもよくわかりません。

とにかく、やってみて良かった、楽しかった、と言える「事後報告」の今になってようやく、私は無条件に「楽しかった」と断言できます。

のんびり三時間。
実際には、川の流れが穏やかすぎて予定していた上陸地点にはたどり着けず、木津の泉大橋左岸で上陸、カヤック解体しました。あとは徒歩でJRの木津駅へ。
回収車を回収し(家人が)、楽しかった一日の締めくくり、ホットプレートで「インドアバーバキュー」。

エーコの『フーコーの振り子』は無事に読了、呪いからも解放されて(終盤ガーッと面白くなったのに何だかぷっつり終わってしまった)、カヤック満喫、幸福なんだかそうじゃないんだかよく解らない日々の中で、とりあえず何だっけ、エポックメイキング? な一日を過ごすことができました。

天にまします我らの神よ。
願わくは…。
テイクオフとタッチダウンの距離と乖離
人間愛とは要するに、かなり冷淡な一般的好意をあらわす、やや美しい言葉にすぎない。」
(『眠られぬ夜のために』/カール・ヒルティ)


※タイトルと引用と本文はたぶん、それぞれ私の脳内でしか結びついていません。

休日まるごと遊ぶ。
とても久しぶりに。
しかもアウトドア。
もちろんカヤック。

朝六時に起きようとして失敗、七時すぎにぼんやり起き出して、「ああもうずっとごろごろしてたい」「今日は図書館だけ行って部屋で読書三昧にしようかしらん」という悪魔の誘惑をどうにか振り払う。今年三月に一度だけカヤックを出して以来、その誘惑に負けた回数は十回やそこらじゃ利かない。
基本的に、というよりは根本的に、私はインドア人間なのだ。
ともかく今日、空は秋晴れ。部屋から愛艇アリュート(一応フォリ・ポルタンファンという名前をつけてあるのだけどアリュートとしか呼んだことがない)を外に担ぎ出して、愛車アルトワークスのトランクに積み込む。青空と暖かい日差しに、ようやく自分のエンジンが始動するのを感じる。

太陽の力ってすごいんですよね、と、それまで歩いていた山道から日向に出たとたん、太陽に向かって深呼吸していた人のことを思い出す。そのとき私は「おひさま~」と歓声を上げて幼児よろしく両手を広げていて、日光を肺に吸い込むというその「手段」というか「方法」というか「味わいかた」に何だか深く感じ入って、真似をして深呼吸してみたのを覚えている(ちなみにこの人は私が去年参加した「シャワークライミング」のガイドさんだ。高島の八淵の滝を、ウェットスーツを着込んでヘルメットかぶって、ロープを使って遡るいわゆる「沢登り」。軽薄に横文字で書くならマーヴェラスな体験だった。あの時のことをブログに何も書かなかったのは、その体験が何をどう言葉に移せば良いのか解らないほど「マーヴェラス」で「フル」なものだったからだ。たぶん。記憶を言葉にとどめる作業は大好きだし、あの時もぜひそうしておきたいという気持ちはあったのだけれど、どうしてもできなかった)。

もとい。
八時過ぎにつつがなく(?)出発、車で走ること一時間半。琵琶湖畔の道の駅に駐車して、愛艇アリュートを担ぎ出す。背負おうとして派手によろめいて、通りすがりの人に「大丈夫ですか?」と心配される。「今から出さはるんですか?」「あ、はい」「それやったらもっと向こうのほうに車止めはったら・・・」「あ、すぐそこから出せるんです」「あ、そうなんですか」というやりとりをして(今思えばカヤック経験のある方だったみたい)、「気をつけて」の一言(実はこれが私の、「人から言われていちばん嬉しい言葉」だ。そういえば出がけに家人も言ってくれた!)に見送られて、一人カヤック恒例の「よろばい歩き」で水際へ(ほんの十メートルくらい)。

久々(半年ぶり!)の組み立てで手順を間違えまくる。
丁寧に、センターを意識して(あ、AKBの話じゃないです)じっくり組んでいたのに、序盤ではめ込んでおかなきゃならないパイプを放置していたことに気づいて、バラしてやり直し。キールパイプをまっすぐ船体布に合わせて、わお、うまく行った!と思ったら、やっぱりスターンデッキがちゃんと閉まらない(毎回これ)。汗だくになりながら力技で何とかごまかす(毎回これ)。どうもテンションがうまくかかってない感じ(毎回これ)。

ほんとに、嫌というほど「毎回これ」なんです。
でも、もうひとつ「毎回これ」なのは、それだけ苦労してドジ踏んで流血して(あ、流血も「毎回これ」だった)不可解な気持ちになって、ああ私なんでこんなしんどいことやってるんだろ、と思っても、湖面に引っぱっていって不格好に乗り込んでパドルでぐい、と砂底を突いてフネを押し出した瞬間。

これ。
これだよ。
これやねん。
これなんです。

つまり、まあ、それなんです。
「解放感」と言ってしまえばそれまでかもしれない。ふだん地面のうえを二足歩行して暮らしている私は(まあ皆だいたいそうなんだけど)、特に今日は豪雨のあとで琵琶湖はうっとりするくらい豊かな水を湛えていて、そういうたっぷりとした「湖」に浮かぶ(カヤックは自分と水面の距離がものすごく近いので、浮かぶというよりは「浸かる」感覚かもしれない)という体験を、たぶん実際以上に、たぶん過剰なくらいに愛してしまう。

ファルトボートって、アルミパイプで組んだ骨組みに防水のごつい布を被せただけの構造なので、水に浮かべると下から水が押し返してくるのだ。
骨と骨の間が、水に押されてぷわんと膨らむ。
漕ぎながら、靴も靴下も脱いだ素足で、そのひんやりした圧力を楽しむ。
今日はじめて気づいたのだけど、たぶんウォーターベッドってこんな感じ。

全力で漕いだりパドルを置いて波に揺られたり、葦原に入ってみたり木陰で微睡んだり。
半年ぶりのカヤック、楽しかった。

ちなみに、琵琶湖が青く見えるのは遠くから見たときだけで、近くだと緑に見えます。その緑は樹々の緑とはまた違った色合いの緑で、私はどちらの緑も大好きです。
樹々の緑は鮮やかで、湖の緑は深い。
鴨には鴨の言い分がある。たぶん。
20131017 水郷

久々のカヤック記事。
携帯電話のカメラで撮った写真だけど、何だかきれいに撮れてたので自慢げにUPしてみる(笑)。

出艇場所は、近江兄弟社の野球グラウンドの脇。わりと有名なポイントみたいで、この日もカヤック教室の一行が少し先に出艇していた。
近江八幡の水郷はさほど風の影響を受けない、と、どこかのブログで読んだので、琵琶湖には海よろしく白波が立っててウィンドサーフィン大はしゃぎ、という天候をおして出かけたのだけど。結果、かなりの耐久パドリングになった(このパターン多いな私)。

でも芦原の風情がとても良くて、水鳥たちもたくさんいて。
ああいう鳥(鴨の仲間)って、離陸(離水?)・上昇がちょっと苦手なのね。水の上をばたばた走るみたいにしてからようやっと、重たそうに飛んでゆく。

水郷めぐりの舟もたくさん出ていて楽しかったし。水路であわや迷子?的なスリルもあったし。
でも今回の何よりの収穫は、ほとんど筋肉痛にならなかったこと! 夏からこっち屋外活動の機会が飛躍的に増えてたので、丈夫になってきたのかな。
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